一の橋の付下げ「琳派梅」の帯合わせ

第三千三百一回目は、一の橋の付下げ「琳派梅」の帯合わせです。

今日で埋めの付下げの帯合わせは最後にします。今日は使い残し画像です。

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いちばん上の写真は、織悦の袋帯「光琳水」を合わせてみました。梅と流水を合わせて尾形光琳の「紅白梅図」を作ってみました。帯と着物を使って、美術史で有名な作品をつくるというのは、帯合わせの教科書のようなものですね。

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写真2番目は、織悦の袋帯「業平菱」を合わせてみました。有職文様の1つです。梅というテーマを邪魔しない帯ということで、シンプルに合わせてみました。ただし、在原業平の歌は「世の中にたえて桜のなかりせば・・・」だからちょっと居心地が悪い。

他の歌を考えてみると「ちはやぶる・・・」→紅葉、「忘れては・・・」→雪、「からころも・・・」→杜若、「名にし負はば・・・」→都鳥、「月やあらぬ・・・」→月、すみません、梅が無いんですけど。

調べてみると、「梅の花 香をのみ袖にとどめおきて わが思う人は おとずれもせぬ」というのがあるんですね。知らなかったですが。

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写真3番目は、洛風林の袋帯「印度七宝」を合わせてみました。「印度七宝」ということで、私はインドの美術史の本など探してみましたが、このモチーフの出典はわかりませんでした。ヒトデのような形状はぬったりした感じですが、白地に淡いピンクと紫という配色のために毒気は感じません。爽やかな色どうしを合わせるつもりで合わせてみました。

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写真4番目は、華陽の綴の袋帯を合わせてみました。四季の花と鴛鴦という照れくさくなるようなベタな模様ですが、帯の制作者もまた照れくさかったのか、屏風の絵という設定にしています。

洗練の極みであるような梅の着物に対し、みんなにわかりやすい四季花と鴛鴦の帯を合わせ、通俗の世界に戻ってきました。着物を着る場によっては、こういう帯合わせでないと誉めてもらえないことがありますよね。

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写真5番目は、北秀の友禅の袋帯を合わせてみました。実際に制作したのは、大彦や大羊居の本家として知られる大松です。作風は大彦っぽいですよね。梅に鶯と言いたいところですが、これは梅に鸚哥、水戸の偕楽園と伊豆のシャボテン公園が合併した感じですね。
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[ 2016/02/19 ] 帯合わせ | TB(0) | CM(4)

インド七宝など

洛風林の「印度七宝」はそのままこの模様というわけではなく
いわゆる印度の有線七宝ークロワゾネ(印度ではミナカリというようですが)を
イメージで表したものではないでしょうか?所々にある丸い渦巻き状の模様は
いかにも有線七宝風だなあ・・・と思っていました。模様全体もヨーロッパのクロワゾネに比べ
素朴な感じがします。

あと少し前の龍村の更紗柄の帯は、どう見ても更紗ではなくカシミールショールに見えました。
いわゆるペーズリー柄になる前の18世紀あたりのカシミールショールの模様です。
カシミールショールに関しては元V&A美術館のジョン・アーウィンやモニク・レヴィストロース
等の良い参考資料本が出ています。面白いですよ。
[ 2016/02/20 09:08 ] [ 編集 ]

印度の有線七宝は知りませんでした

2月の始めからセールをしようと思っていたのが、なかなか準備が出来なくて、昨夜やっとダイレクトメールを送り終わったところです。まだこれから2階に掃除機をかけなくちゃ、なんて思っています。それでコメント欄を書くのもすっかり遅れてしまいました。
さて、印度の有線七宝というのは全然知りませんでした。本歌取りの図案というのは、創るものと鑑賞するものの競争のようなものが有って、洛風林ほどになると安易に解明させてくれないですね。普通の美術史として本に載っている作品ではなく、研究者やコレクターがたまたま知っているレベルのものを出してくる時がありますね。
落とし穴としては、エキゾチックな図案と思って調べていて、どうにもわからないときに、杉浦非水などの戦前の意匠図案集からそのまま写していることがありますね。
さて龍村の名古屋帯ですが、おっしゃるとおりカシミールショールの模様によく似ています。きっとそうなのでしょうね。
[ 2016/02/24 12:49 ] [ 編集 ]

ダイレクトメールありがとうございました(しかし2階の掃除機かけって???)
触手の動く反物がいくつかあるのですが、家人から
「まず全部の着物のしつけが取れてから」と釘を刺されています。が、黒地の着物を
持っていないので一枚ぐらい欲しい所です。

戦前の図案家は神坂雪佳ぐらいしか知らなかったので
杉浦非水の図案集は早速アマゾンでポチしました。三越関連の図案家なのですね。
届くのが楽しみです。お教えいただき、感謝!でございます。
[ 2016/02/24 18:16 ] [ 編集 ]

それでたまにがっかりすることも

着物の図案のうち、とくに西洋や中東の歴史的なテーマのもので、よくこんなものを探して来たなあと感心することがあるのですが、じつは戦前の図案集を丸写ししただけだった、ということがときどきあります。呉服業界の人って、あまり自分の頭で考えないのかなあとがっかりしますが、戦前の人がよく勉強していたともいえますねえ。西洋の美術やデザインの情報もタイムラグ無く入って来ていたのでしょう。
1940年にオリンピックと万博をするつもりだったわけですから、1930年代はじつは実り多き時代だったのではないかとも思います。1931年が満州事変であるために、一般には戦争しかないイメージですが。
[ 2016/02/27 20:11 ] [ 編集 ]

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