龍村の名古屋帯「風華」の帯合わせ

第三千二百八十九回目は、龍村の名古屋帯「風華」の帯合わせです。

今日は藍染の紬に合わせてみます。日本の伝統色は藍ですから、紬に合わせる帯は、藍に合わなければ使い勝手が悪いですよね。

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いちばん上の写真は、かつての重要無形文化財の結城紬の縞を合わせてみました。縞を藍の濃淡になるように並べたものですから鰹縞ということになるでしょう。

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写真2番目は、林宗平の古代紬を合わせてみました。林織物の先代の林宗平時代のもので、当時は「古代紬」というネーミングでしたが、一般的には塩沢紬と言われる手織りの真綿の織物です。意匠は有栖川錦に取材していて、現代人から見れば、土俗的であってほしい地方の手工芸品が中央の文化である京都の真似をして嫌だなあとも思うのですが、「北越雪譜」に書いてある、魚沼の織物人の「京の錦に負けない織物を作る」という志を具現化したものだと思います。

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写真3番目も、林宗平の古代紬を合わせてみました。これも林織物の先代の林宗平時代のものです。横段の飛び柄で模様表現をしていますが、帯の模様の上下にも横段があり、横段どうしシンクロして良い感じではないかと思います。

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写真4番目は、弓浜絣を合わせてみました。割と太い木綿の糸で、基本の緯絣(大島でいえばヨコソウですね、ちなみにヨコソウは緯総と書きます。)だけで表現した織物です。弓浜絣というのは、技法的なレベルが低いのではなく、平明な美を追求していると考えるべきでしょう。

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写真5番目は、真栄城興茂の琉球美絣を合わせてみました。日本では地租改正は明治5年ですが、沖縄では1903年でした。それまでは織物は年貢として物納していたのが、この時から自由に織ってそれを売って、現金で納税することになったのです。
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[ 2016/02/07 ] 帯合わせ | TB(0) | CM(0)

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