龍村の袋帯「王朝華映錦」の帯合わせ

第三千二百六十六回目は、龍村の袋帯「王朝華映錦」の帯合わせです。

IMG_92731.jpg
いちばん上の写真は、千切屋治兵衛の訪問着を合わせてみました。実際に制作したのは中井淳夫さんです。先日紹介した作品ですが、帯と合っているとは言えませんよね。着物も帯も優れた作品ですし、どちらも同じぐらい存在感があるのですが、重い中井の色と原色の龍村の色が違いすぎますよね。

しかし帯合わせとは不思議なもので、この組み合わせで堂々と着ていたら、それはそれで素敵かもしれません。着ている人間という要素もあるので、堂々としていればみんな納得させられてしまうのではないでしょうか。

IMG_92841.jpg
写真2番目は、千切屋治兵衛の訪問着を合わせてみました。実際に制作したのは中井淳夫さんです。金銀の扇面を配しただけのシンプルな図案ですが、周囲を圧するような存在感がある中井淳夫にしかつくれない作品ですね。

無彩色の他は金銀だけという、色がほとんどない作品ですが、そこに対照的な原色があふれるような龍村の帯を合わせています。全く異質なはずですが、なんとなく許せてしまう気がしませんか。

IMG_92861.jpg
写真3番目は、千切屋治兵衛の訪問着を合わせてみました。実際に制作したのは中井淳夫さんです。元絵は神坂雪佳の下絵集にあります。それは多色の普通の絵でしたが、ここでは金泥と墨絵のように変換されています。金泥は筆の勢いで描いているように見えますが、実際には縁蓋で防染されていて、非常に手間を掛けて計算した線なのです。

墨と金だけという、色がほとんどない作品ですが、そこに原色があふれるような龍村の帯を合わせています。全く異質なはずですが、上の例と同じくなんとなく許せてしまう気がしませんか。

IMG_94901.jpg
写真4番目は、千切屋治兵衛の訪問着を合わせてみました。実際に制作したのは中井淳夫さんです。全体が巨大な雪輪の重なりで、それで生まれた空間は型疋田で満たされています。型疋田だから安いなんて舐めてはいけません全身を型疋田で埋めるなら簡単ですが、縫い目を越えて勝手につながっていく雪輪の形に沿って、全て型疋田を合わせるというのは大変な手間ですよね。

縁蓋を使って雪輪の形を防染しておき、汎用の疋田の型を使って染めるのだと思いますが、中井のばあいは、汎用型を使わず、毎回模様の形に沿って疋田型を新調していたという話もあります。どちらにしても、こういう巨大な形をコントロールするのは難しそうですね。

img92881.jpg
写真5番目は、北村芳嗣の個展で販売された色留袖を合わせてみました。北村芳嗣さんは北秀の元社長で、「YK」の落款で個人作品として制作し個展で販売していました。実際に制作したのは大松やそこから分かれた山下が多く、作品のレベルも値段も高く、業界では尊敬されていました。

大松は大彦の本家でもあり、大羊居と同じく多色の作風で、上の中井とは反対です。普通はこんなふうに合わせるのでしょうね。
スポンサーサイト
[ 2016/01/15 ] 帯合わせ | TB(0) | CM(0)

コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://shirokiyagofukuten.blog.fc2.com/tb.php/893-20be2fc1