斉藤頴、光司兄弟の舘山唐桟の帯合わせ

第三千二百二十九回目は、斉藤頴、光司兄弟の舘山唐桟の帯合わせです。

今日は龍村の帯で合わせてみました。龍村には紬に合わせる袋帯もあります。袋帯、名古屋帯、光波帯で合わせてみました。

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いちばん上の写真は、龍村の袋帯「甲比丹縞格子」を合わせてみました。インドのモールに取材したもので、先日、大城広四郎の琉球絣に合わせた帯の色違いです。近世に東インド会社経由で輸入されたのは、木綿の縞である唐桟と、金糸が織り込まれたモールです。近世の東インド会社からの人気輸入品2つを着物と帯で揃えた感じですね。

木綿の縞が庶民のものになるのはずっと後のことで、江戸初期には唐桟は高級品でした。しかし、モールには金の薄い板が織り込まれているのですから、それとは比べ物にならないぐらい高級品だったと思います。

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写真2番目は、龍村の袋帯「鳳遊更紗文」を合わせてみました。袋帯ということで高級感もありながら、同時に濃厚なエキゾチック作品でもあり、すごく存在感がありますね。

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写真3番目は、龍村の名古屋帯「ほかけ」を合わせてみました。間道とも呼ばれていたストライプ模様が近世に「縞」と呼ばれるようになったのは、南の方から島々を経由して渡ってきたというイメージからです。ということであれば、島々を渡ってくるイメージを帯合わせに生かそうということで、帆掛け船を選んでみました。この作品も舘山で織られていますしね、海のイメージがいいかもしれません。

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写真4番目は、龍村の光波帯「コプト甲冑異文」を合わせてみました。仕立て上がり名古屋帯である光波帯です。この作品は「コプト」の名がついていますが、「異文」とありますので、ほとんど龍村の創作だと思います。

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写真5番目は、龍村の光波帯「花鳥梅花文錦」を合わせてみました。仕立て上がり名古屋帯である光波帯です。この作品は正倉院裂に取材したものですが、古代の裂としては遺品が多いので日本製だろうと言われています。正倉院時代は高級品を輸入するだけでなく、数十年のうちに技術を習得して自前で織っていたんですね。原品は緑ですが、これは赤にアレンジしてあります。

この作品には少し赤が入っていますが、江戸時代の唐桟は「紅入り」ということで、赤が入っているだけで高級品だったでしょう。この作品も少しだけ赤が入っていますから、江戸時代の高級品を意識して赤を増幅してみました。
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[ 2015/12/09 ] 帯合わせ | TB(0) | CM(0)

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