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龍村の袋帯「清風間道」

第三千二百五十九回目の作品として、龍村の袋帯「清風間道」を紹介します。

現代ではこういう模様を「縞」と言いますが、「縞」と呼ばれた理由は、近世にインドから輸入されたために、島を経由してきたというイメージで付けられたということです。南蛮人や紅毛人がインドの木綿の縞をもたらす近世以前には、縞は間道と呼ばれていました。中世から近世までの期間に名物裂として輸入されたものです。

名物裂の文化が始まる前、すなわち古代における縞模様は、繧繝と長斑と呼ばれていました。似た色を並べてグラデーション効果を狙ったものは繧繝、違う色を並べてくっきりさせたのが長斑といいます、古代人は同じ縞模様でも、配色によって別のものとして区別していたんですね。

「間道」とか「縞」とか名付けた人が、それが古代における「繧繝」または「長斑」に当たるものであると知っていたかといえば、知らなかったと思います。古代の裂はほとんどが正倉院に封じられていて、それが公開されたのは正倉院の歴史からすればごく最近の「正倉院展」が始まってからのことですから。

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いちばん上の写真は、帯の幅を写真の幅として撮ったものです。

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写真2番目は、全体を撮ってみました。

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写真3番目は、近接で撮ってみました。

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写真4番目は、タイトル部分を撮ってみました。間道というのは、たいてい名物裂を写しているものですが、「清風」というあまり意味のないタイトルがついている場合、複数の間道を合わせた創作か、すでに正式名称を付けた類似品が高島屋で売られていて、それに遠慮して、わざとぼかしたタイトルを付けている場合があります。

この間道にも元作品があるのだろうと思い、いろいろ本を調べてみましたがわかりません。ただ「高木間道」と呼ばれるものの中に、こんな緑を使ったものはあります。また細縞としてこんな赤や緑を含む間道はありますね。

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写真5番目は、拡大して見ました。組織としては平織の変形である畝織ですね。
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[ 2015/11/09 ] 西陣・綴 | TB(0) | CM(0)

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