秦荘帯

三千百八十九回目の作品として、秦荘帯を紹介します。

まず「秦荘」の意味ですが、滋賀県の秦荘町のことです。しかし現在は平成の町村大合併により、秦荘町は愛知川町と合併して愛荘町となり、その名は消えてしまっています。秦荘町というのは、もともと明治時代に秦川村と八木荘村が合併してできた町でした。八木荘村は堤康次郎の出身地ですから、ここが西武グループ発祥の地なんですね。

一方、秦川村は「秦」の言う字が渡来人を連想させ、だから織物の産地なのか、なんて思いたいですが、実際には近世以前にはこの地域には多くの村があり、その中には「秦」が付く村の名前はありません。明治22年の統合により、「秦川村」と「八木荘村」という名前が現れたとしかわかりません。素人がいきなり調べても、歴史はなかなか気持ち良くつながってくれませんね。

現在、この町には「手織りの里・金剛苑」という施設があって、作品の展示や織物体験ができます。地元で近江上布などを織っていた川口織物が作った施設で、そのホームページを見ると近江上布や秦荘紬のことがわかります。ここは元々近江上布の産地で、「秦」という字(町名としては消えてしまっても秦川山などの地名は残っている)は、京都太秦などとおなじく織物を伝えた渡来人に由来するそうです。

ところで近江上布と言えば、それを持ち歩いて売ったのが近江商人であり、その代表は伊藤家でその京都の店が京都丸紅、本体は2つに分裂して伊藤忠商事、丸紅になっているわけですから、2つの巨大商社と西武グループの3つがこの辺から生まれているんですね。今日のテーマ、秦荘帯よりその方が興味深いですね。

IMG_67561.jpg
いちばん上の写真は、帯の幅を写真の幅として撮ったものです。「秦荘帯」で検索すると、ネットでも販売しています。これは縞ですが、無地も絣もあるようです。ネットで販売されがちの商品は、柄の良し悪しに関わらず、値段の上限がネット価格で決まってしまいますから、商売人としては面白みがないですね。でもまあ、いつもネット最安価格で販売するようにしています。

IMG_67571.jpg
写真2番目は近接です。

IMG_67591.jpg
写真3番目は拡大です。

こういう帯は、帯合わせして初めて価値がわかるものですね。
スポンサーサイト
[ 2015/08/30 ] 各地の絣・紬 | TB(0) | CM(0)

コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://shirokiyagofukuten.blog.fc2.com/tb.php/755-ff78f63f