一の橋の付下げ「柳に蹴鞠」の細部

三千百二十四回目は、一の橋の付下げ「柳に蹴鞠」の細部です。

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いちばん上の写真は、赤い型疋田の蹴鞠を近接で撮ってみました。

この作品では、蹴鞠の周囲にふんだんな刺繍がしてあります。京友禅のあしらいでは、普通は後姿にまで刺繍はしませんが、この作品では思い切りしています。じつはこの刺繍は、私としては不本意ながらミシンによるものです。手描きの京友禅の部分的なあしらいで、意匠自体がよくできている場合、裏を見ないかぎりミシンとはばれないと思います。

なぜミシンかといえば、大量にする必要があったからだと思います。この作品はグラデーション表現が主役ともいえるもので、そのために全体が春の夢であるような非現実感を持っています。朝、目がさめきらない時間のような心地よさが作品のテーマではないかとさえ思えます。

それに対し、金糸の刺繍は団子の串のような役割を果たしています。この串が弱いと、団子がバラバラになってしまうのです。たとえて言えば、自動車のデザインで、全体が局面でありながら、後部のピラーだけが垂直に屹立しているようなものとか、かな文字の短歌や俳句のなかに、漢字の専門用語やカタカナの外来語が1つだけ入れられているものですね。

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写真2番目は、さらに近接してみました。このような型疋田は、中井さんのばあい、その都度、周囲の形に合わせて作成していたとのことです。その場合、絞りの疋田よりコスト高だったのではないかと思います。普通のばあいは、汎用性のある四角い疋田の型を持っていて、周囲を模様の形に防染して使うようです。縁の絞りの抜けの表現は、手で染めつぶします。

このように近接でよく見ると、型とは言え、疋田の形は微妙に違って上手にデザインされていることがわかります。

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写真3番目は、白い摺箔の蹴鞠を近接で撮ってみました。赤い蹴鞠の型疋田に対して、白い蹴鞠は摺箔の表現で、京友禅の脇役が顔を揃える演出になっています。テレビドラマで、この人がいなくちゃ、という男女の脇役が両方いる感じです。そういうお約束も大事ですよね。

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写真4番目は、さらに近接してみました。細密な友禅もされていて、やはり一の橋の作品だなあと再認識しますね。ミシン刺繍とのアンバランスが理解不能ですが、この友禅があるからこそ、ミシン刺繍でもばれないとも言えます。

明日はさらに細部を。
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[ 2015/06/25 ] 友禅 | TB(0) | CM(2)

スバラシイ!

さすがですねえ。友達もいいねえとほれぼれしてますよ。
先日は失礼しました。またお邪魔させてください。

[ 2015/06/25 21:43 ] [ 編集 ]

一の橋らしくないですよね

私はいつもは、安田職人の糊糸目とか、倉部の刺繍とか、中井の色とか、そういうのを基準にして仕入れをしていますし、一の橋もそういうものを制作していますが、今回はそういう基準から離れて、素直に「綺麗だなあ」と思うものを仕入れてみました。たまには理屈抜きで、純粋な気持ちで仕入れた方が、着物が好き、という感情が続きますよね。また遊びに来てくださいね。
[ 2015/06/27 17:12 ] [ 編集 ]

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