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笹の意匠の帯留の帯合わせ

第二千九百八回は、笹の意匠の帯留の帯合わせです。

昨日は、帯と帯留を笹で重ねてみましたが、今日は帯の模様に足りないものを帯留の笹で補う、というテーマで合わせ方を考えてみます。

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いちばん上の写真は、花也の染め帯「琳派梅松模様」に合わせてみました。この写真は腹文で、模様としては松しかないですが、お太鼓は三角定規のように2つの湊取りが交わる中に梅と松が描かれています。私はこういう帯を見ると「なぜ梅と松だけなんだろう、竹があれば松竹梅ということで、季節に関係なく着られるのに」と思うのです。というわけで、足りない竹を補って、春秋とも着られる松竹梅を作ってみました。

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写真2番目は、清原織物の綴の名古屋帯に合わせてみました。紫のラベルのある日本製の爪掻綴です。笹の葉のない竹は現実の植物ではなく直線模様のようですから、帯留で笹の葉を補ってみました。

普通の西陣の織物は、模様の色が変わるときに不要な色糸は裏に潜って渡り糸になります。一方綴組織というのは、模様の色が変わるときは不要な色糸は引き返してしまいます。そのためその場所は緯糸が途切れており、それをハツリ孔と言います。だから絵画のように自由にデザインすると生地がハツリ孔だらけになってしまい生地の強度が失われてしまうのです。綴の意匠というのは緯に長くつながり経に変化のないデザインが良いということですね。

しかしそれではただの横段になってしまいますから、綴における優れたデザインとは、自然な絵画のように見せながら、じつは緯糸が長くつながっているデザインであると言えます。そう考えると、横方向の竹というのは格好のモチーフなのです。そして笹の葉が描けないわけもそこにあります。今回はそれを帯留で補ったというわけです。

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写真3番目は、押絵の名古屋帯に合わせてみました。以前、菱一で仕入れたものです。竹と雀をテーマにしたもので、お太鼓には雀の外に竹もありますが、腹文は雀だけなので笹の葉を補ってみました。押絵の帯は、はじめ見た時とても斬新な感じがして思わず1本仕入れました。しかしその後、次々に現れてしまったので仕入れをやめました。

押絵というのは、それ自体は魅力的な芸術で、帯にするととても面白いのですが、カルチャースクールなどで習っている人も多く、アマチュアでもセンスの良い人がいて、けっこうすぐれた作品を作れてしまうので、商売しにくかったのです。でもまあ、最近は押絵で帯をつくる人も少なくなったので、また売れるかなあと思っています。

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写真4番目は、藤井絞の辻が花の帯に合わせてみました。生紬の生地を使用したもので、普通にも使えますが単衣用としても使えます。描き絵の技法で、筍が少し大きくなったぐらいの竹が描かれていますので、もう少し時間が経ったら笹の葉が出るでしょう。つまりここで補っているのは時間ですね。
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[ 2014/11/19 ] 小物と小物合わせ | TB(0) | CM(5)

同じ意匠

こんにちは。素晴らしいお着物ばかりで溜息がでます。
ひとつ教えていただければと思って。
別のページ、小さな扇面の図柄の長着にとりどりの帯を合わせてコーディネイトの提案をなさっておいでのページがありましたが、そちらでは扇面に扇面を重ねるのは野暮と、二度おっしゃっておいでです。

しかしこちらでは笹文様が重なっていますね。
文様を重ねたコーディネイトを〜尽くしとも申しますし、
それはそれで煩い印象を与えない、あるいはそこに物語があれば
粋ということにもなりそうですし。


この野暮と美の境界とは、どういった点でお考えなのでしょうか。
ご指南いただけると嬉しいです。
[ 2014/11/21 09:09 ] [ 編集 ]

追伸

ページを間違えました。次のページ二千九百七回の分です。同じものを強調する、という点について。
[ 2014/11/21 09:14 ] [ 編集 ]

真面目に読まないで良いです

私は毎回思い付きで書いているので、中身を真面目に読まないで良いです。このブログの読者でも心ある人は「写真だけ見ています」というメールをくれるんですよ。
[ 2014/11/21 16:31 ] [ 編集 ]

ええ。。

そんなー。私が心ないみたいじゃございませんか(笑

ほんとうに知りたいんですよ。
あの扇面のきものに扇面の帯を重ねるのがなぜ
野暮と思われたのか。

野暮とは思われたくないですからねぇ、、着手としては、
そのあたりの感覚は。。

通り一遍で面白みにかける、というのを
超えて野暮になるというのは、

感覚的なものだと思うので、理屈ではないかもしれませんが。

わかる気はするんです。松や竹に比べ、扇面は人工的なものですし、
扇面だらけではーやり過ぎ、ということで野暮?

しかし、野暮って痛い言葉ですよね、(笑、、

ああ、こうして更に追求するのも、重ねての野暮ということでしょうね(笑
[ 2014/11/22 11:37 ] [ 編集 ]

どこにあるのかわからなかったので

前回、お応えできなかったは、「扇面のきものに扇面の帯を重ねる」のがどこにあるのかわからなかったからです。今も探していますが見つかりません。私の信念はその程度です。正しい知識を得たければもっと大きい会社の公式サイトを見た方が良いと思います。でも、このような質問をする人は、すでに自分の中に答えを持っていることが多いです。あなたは野暮に陥ることはありません、安心してください。
[ 2014/11/23 00:38 ] [ 編集 ]

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