喜多川俵二の夏の名古屋帯「穀紗双龍文」

第二千七百六十一回目の作品として喜多川俵二の夏の名古屋帯「穀紗双龍文」を紹介します。

「穀(こく)」「穀織(こくおり、こめおり)」と表記されることが多いようですが、当店にあるものは「穀紗」と表記されています。有職織物の薄物に伝統的に使われてきた組織で、模様が穀物の粒のような点点で見えるから、この名があるようです。具体的にどのような組織なのかわかるように、今回は近接と拡大の写真を多くしました。

意匠は連珠文ですね。模様の周りを珠で囲む意匠で、ササン朝時代のペルシアが起源であり、そこから世界に広まりました。その痕跡は西はスペイン、東は法隆寺と正倉院まで残っています。もちろんスペインのものは、ヨーロッパを経由したわけではなく、イスラム圏を通って北アフリカ経由です。

法隆寺や正倉院のものについては、ササン朝で織られたのか、ササン朝のデザインで中国で織られたのか、それをさらに日本で模織したのか諸説あります。この帯の意匠のように龍がいるものについては、連珠というパターンだけがペルシア由来で、織られたのは中国かあるいはそれを日本で模織したものです。

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いちばん上の写真は帯の幅を写真の幅として撮ったものです。

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写真2番目は連珠部分の近接です。

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写真3番目は地の部分の拡大です。

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写真4番目は模様部分の拡大です。
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[ 2014/06/26 ] 西陣・綴 | TB(0) | CM(0)

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