龍村の名古屋帯と光波帯

第二千六百二回目の作品として、龍村の名古屋帯と光波帯を紹介します。

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いちばん上の写真は、龍村の名古屋帯でタイトルは「飛鳥間道」です。過去に紹介したことがある(昔なのですでに消えていると思う)のですが、「飛鳥間道」なるものは歴史的には存在しないので、意匠の由来がわからず中途半端な説明をしていました。

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写真2番目は、龍村の光波帯で、タイトルは「太子菱繋文錦」です。最近気が付いたのですが、両者は色も雰囲気もタイトルも違いますが、じつは元の裂は同じなのでした。

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写真3番目がそれで、法隆寺の伝世し、現在は東京国立博物館法隆寺館のある「蜀江小幡」です。紐の部分(幡頭または幡手というべきか)ですね。帯では縞のように見えていますが、元の幡では横段に見える向きに切っていますね。

さらに見ると、幡の縁部分は「赤地格子連珠文様蜀江錦」、幡の中の部分は「円文白虎朱雀錦」です。いずれも龍村裂として商品化されています。蜀江小幡自体も昭和56年に龍村が復元しているので、それを記念しているのかもしれませんね。

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写真4番目は、龍村裂の「赤地格子連珠文様蜀江錦」です。

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写真5番目は、龍村裂の「円文白虎朱雀錦」です。
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[ 2014/01/18 ] 西陣・綴 | TB(0) | CM(0)

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