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奥順のウールの絣の着物

第三千六百八十一回目の作品として、奥順のウールの絣の着物を紹介します。

2015年10月21日(三千二百四十回)で、1反だけ紹介していますが、今回複数反仕入れたのでまた紹介します。普段着の着物としてウールの着物が流行ったのは昭和30年代~40年代でしょうか。当時はすごくバリエーションがあって、染織史的にはハイレベルである多色の絣の高級品も織られていました。現在ではウールで着尺を織っていた工場もほとんど廃業して珍しいものになりました。無地ならなだ入手できるでしょうが、絣模様でお洒落なウールが欲しいなんて言われたらたいていの呉服屋さんは困るでしょうね。

今日紹介するのは、結城紬でいちばん有名なメーカーである奥順がかつて織ったウールの絣です。前回と同じく奥順の倉庫に有ったらしいもので、、高梨が発掘してきたものです。織られたのはいつだかわかりませんが、昭和50年より前じゃないかと思います。沖縄の復帰は昭和48年でまだ芭蕉布とか宮古上布なんてものは見たことが無い時代でしたから、呉服業界では結城紬が圧倒的な高級品だったのです。その時代にそのいちばん有名なメーカーが、「結城・・・」というネーミングでウールを販売したというのは、ポルシェの自転車みたいなものだったのではないでしょうか。


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いちばん上の写真は、反物の幅を写真の幅として撮ってみました。

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写真2番目は、別の作品を反物の幅を写真の幅として撮ってみました。

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写真3番目は、別の作品を反物の幅を写真の幅として撮ってみました。

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写真4番目は、別の作品を反物の幅を写真の幅として撮ってみました。

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写真5番目はラベルの近接です。こういう作品の紹介をするときはラベルがいちばん大事ですね。○に一が奥順のマークです。手織りであること、ウールの織物ですが絹が20%含まれてシルクウールであることがわかります。「手織り」は嘘ではないでしょう。機械にすれば簡単で儲かるなんていうのは、工場を経営したことのない人の発想で、機械を導入するコストを考えればいつもの職人さんに織らせてしまった方が楽ですしね。

ブランドだけ自社で、織るのは機械を所有する人に生産委託ということもありえますが、他人に現金を払うより、訓練を兼ねて自前の育成途中の職人さんに織らせた方が得だったでしょう。
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[ 2017/03/11 ] 各地の絣・紬 | TB(0) | CM(0)

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