千切屋治兵衛の名古屋帯「金彩華文唐草」の帯合わせ

第三千五百十九回目は、千切屋治兵衛の名古屋帯「金彩華文唐草」の帯合わせです。

今日は紬に合わせてみます。着付けの本では、金が使ってある帯は紬に合わせてはいけない、なんて書いてあるものがあるらしいですが、それは邪悪な思想なので騙されてはいけません。

紬と言っても、作家モノで何十万円もするものが「普段着」ともとても言えず、あえてカテゴリーを決めれば「お洒落着」みたいなものですね。お洒落着に帯合わせのルールを求めるなら、それは「お洒落な帯しか合わせてはいけない」ということになるでしょう。けっこう厳しいですが、この倉部さんなら、高価な紬に対してちゃんと役割を果たしてくれそうです。

IMG_44471.jpg
いちばん上の写真は、郡上紬を合わせてみました。良心的な価格の店やネットショップでも48万円ぐらいする紬です。値段が高い理由は、外見は格子であっても、手紡ぎ、手織り、草木染という、着物好きがホンモノと認定する条件を全て備えた紬だからですね。そのようなものは素朴な良さを持っているはずですが、実物はとても都会的で洗練されています。

IMG_44541.jpg
写真2番目は、秋山真和さんの「綾の手紬」を合わせてみました。19世紀に沖縄で織られたものとして実在する作品の写しです。色は鮮やかな茶色ですが、たぶん元作品の織られた直後の色を再現しているんでしょうね。

IMG_44691.jpg
写真3番目は、真栄城興茂さんの琉球美絣を合わせてみました。大正年間に創始された、多分沖縄初の作家モノではないでしょうか。沖縄の織物は長い伝統を持つものですから、大正年間創始といわれると、新しい織物と勘違いしてしまいますが、沖縄は明治末に地租改正があって、はじめて織物を自由に売ることができるようになったわけですから、大正ということは、自分の意思で織られたもっとも古い織物ということになるのです。

藍の濃淡が美しい木綿の織物ですが、この作品は福木による黄色も併用していて、藍と重ねて染めることで緑色も発色しています。

IMG_44891.jpg
写真4番目は、ゆうの木染めの結城紬と合わせてみました。結城という地名は、「ゆうの木」という木が語源ということですが、それにちなんで、ゆうの木で染めた糸で織った結城紬です。産地の織元である小倉さんの企画だったと思います。織り方は、重要無形文化財の要件を満たすものではありません。最近紹介する機会が無かったので、使ってみました。

IMG_57551.jpg
写真5番目は、舘山の唐桟を合わせてみました。近世の始めに東インド会社経由で、インドの木綿が高級品として輸入されたのですが、江戸時代後期になると川越を中心に国産の木綿の縞が織られるようになりました。舘山の唐桟はその流れをくむもので、創始されたのは明治の始めですが、川唐の影響を受けた他の産地がすべて機械化されてしまったために、この唐桟がもっとも伝統的にホンモノということになって人気があります。

本来であれば、木綿の縞に金彩の倉部さんは合わせないですが、実際の写真を見れば、着物に作家モノとしての貫禄があって、金彩でもおかしくないですよね。

さて木綿の縞ですが、当社のある青梅も川越唐桟の影響を受けて木綿の縞を織った産地の1つです。現状は、わずかですが織物工場として伝統が引き継がれています。もちろん機械織りですが。その一方で、美大を出た女性作家が藍染で手織りの木綿の縞を織り、青梅縞を名乗る動きもあり、そんな感じで伝統というのはつながっていくのかなと思います。
スポンサーサイト
[ 2016/09/29 ] 帯合わせ | TB(0) | CM(0)

コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://shirokiyagofukuten.blog.fc2.com/tb.php/1150-89b2f553