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一の橋の名古屋帯「月と兎」(実際に制作したのは安田)

第三千四百九十八回目の作品として、一の橋の名古屋帯「月と兎」を紹介します。実際に制作したのは安田です。

安田というのは、京都の千切屋治兵衛、一の橋、京正、そして東京の北秀が扱っていた京友禅の最高峰で、精緻でありながら温かみもある糊糸目と神技のような描き疋田が特長でした。図案としては、安田様式ともいうべきもので、雪輪や色紙などの取り方の中に模様を詰め込んで友禅と刺繍と箔で重加飾し、取り方の外は松葉や波を白揚げであっさり描くというものでした。

取り方内部は豪華な江戸前期の小袖の精神を引き継ぎ、取り方外部は粋な江戸後期の小袖の精神を引き継いだとも言え、1枚で小袖の歴史を説明するような様式です。取り方を用いることで、豪華と粋を両立させるという難題を解決しているんですね。しかしながらそこに安田の欠点もあって、とにかく真似されやすいのです。レベルの高いものから低いものまで安田っぽい着物はたくさんあって、京都だけでなく十日町でも作られています。それは安田の責任ではないのですが、類似品が多いために、技術は高いが個性の無い着物と誤解されてしまうのです。

北秀が破産する97年までは、銀座のきしやに行けばホンモノの安田を見る機会もありましたが、それ以後は一の橋と京正が扱っているだけでしたから、呉服業者でも見る機会はほとんどなかったと思います。ネットで「安田」を検索すると安田っぽい着物が見られますが、それは他人の安田です。当社には昔の在庫があるのでホームぺージで写真は見られます。

さて今日紹介する安田は、その息子さんの作品です。私は親より才能があるんじゃないかと思っています。安田本人でありながら安田様式ではないんですね。才能がありすぎて親の様式を引き継ぐ必要もないのでしょう。

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いちばん上の写真はお太鼓です。月を見ながら芒の原でうさぎが跳ねる、というもので、元絵は琳派ですが、その後、何千回も描き写されて手垢が付きまくったテーマです。しかしこの作品は、詩情ともいうべきものがありますよね。絵も上手いし糊糸目も綺麗ですが、そこまでなら花也でもできる、これはそれ以上のもので、じゃあそれは何かと言われたら「詩情」としか言いようがないです。

作品でいちばん大事なものは詩情で、なぜかと言われたらそれは真似できないからです。真似しやすいという元の安田の欠点を、息子さんがあっさり解決しちゃっているんですね。

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写真2番目は、兎に近接してみました。ポーズは琳派の元絵を踏襲していますが、かわいいし上品です、真似ができるかと言ったらできないです。

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写真3番目は、もっと近接してみました。こういう顔を見ると、無垢な子供のようにも見えます。さらに、憂いとか憧憬とか、自分の中にある思いをつい投影しがちになります。悲しいことがあったときに見たら、一緒に悲しんでいるようにも見えます。成功するキャラクターというのは、そういうものですね。

ホストやホステスで、それほど美男美女でもないのに客にたくさん貢がせてしまうことができる人というのは、キャラクターに曖昧なところが有って、客が自分の勝手な思いを投影しやすい人なんだと思います。すごい美男美女でないほうがいろんな解釈が可能だから、いろんな人に投影してもらえるんじゃないかと思います。

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写真4番目は、月に近接してみました。驚くべきことに、月は暈しで表現されながら、その外側に糊糸目の線があるのです。安易な作品なら糸目で書くはずですし、普通に高度な作品でもぼかしの表現で満足してしまうはず。どうしてこのような表現を思いついたのか、どうしてそれが魅力的に見えるのか、私には一生できないことだけは確か。

明日は腹文の細部です。
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[ 2016/09/08 ] 友禅 | TB(0) | CM(0)

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