一の橋の名古屋帯「鹿下絵」の帯合わせ

第三千四百七十九回目は、一の橋の名古屋帯「鹿下絵」の帯合わせです。

今日は、織物に合わせてみます。いちばんカジュアルな使い方ですね。

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いちばん上の写真は、格子の久米島紬に合わせてみました。伝統的な紬には、上質だけど地味で、高いお金を出したのによほど着物好きな人以外、気が付いてもらえないということはよくあるものですが、そういうときは素人にも綺麗と分る帯を合わせてやると良いですね。

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写真2番目は、山口良子の首里織の着尺を合わせてみました。鮮やかな黄色ですが、福木で染めたホンモノの草木染です。成功した草木染というのは、草木染らしい滋味な色ではなく、器楽染料みたいな鮮やかな色が出るものだと思います。草木染しかない江戸時代の人は小袖にできるだけ鮮やかな色を求めて、職人はそれに答えていたはずなので。

花織と浮織を併用したもので、王朝時代ならば中国伝来の最新技術を多用して織ったハイテク織物ということであったでしょう。用途はもちろん王宮内の官服で、本土でいえば正倉院御物や有職織物だと思います。沖縄の織物というのは、着物本で紹介するときは結城紬などと一緒に高級だけどカジュアルということで紹介してしまいますが、本来の意味はフォーマルで逆ですね。だからこのような帯合わせはすんなりいくはず。

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写真3番目は、佐藤トシの南部紬を合わせてみました。南部紬は、藍と地元岩手で採れる素材で草木染めした糸で織っていましたが、これは紫根染の糸を使っています。紫根は漢方薬でもあり、現在多くの紫根染の素材は中国から輸入していますが、これは岩手の山で山菜採りのおじいさんに依頼し採取したもので染めています。1年分ではとても足りず、5年間染め重ねてこの色になったということです。

企画したのは近藤伝で、青山みともに売ろうと思ったら失敗し、私に押し付けたものです。そのときは、あなたが5年前に注文した紫根染がやっと出来上がりました、というので、責任を取って買い取ったのですが、5年前ということで注文した記憶も曖昧で、後日、みともの尻拭いをさせられたのではないかと思うようになりました。ホンモノの岩手産の証拠として、紫根の根なども焼酎につけて保管してあります。飲むと肝臓に効くらしいです。

今回は、紫と金の配色の美しさを狙ってみました。

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写真4番目は、紺仁の片貝紬に合わせてみました。真綿で手織りですから、思い切り素朴な紬を金使いの帯に合わせてみた例です。着付けの教科書では絶対ダメな例ですが、現実にはどうでしょうか。私は、ドカジュアルをそこそこフォーマルで中和して、そこそこカジュアルにできると思っているんですけどね。

紺仁の片貝木綿は人気のカジュアルで、2万円ぐらいで買えるお洒落な着物です。これは木綿を機械で織ったものです。しかし、そのような便利着物には、値段的にあまり便利でない本物バージョンが用意されていて、それがこの片貝紬なんだと思います。

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写真4番目は、秦荘紬を合わせてみました。秦荘紬は、近江上布の産地で織られている絹の織物で、越後上布と塩沢紬のような関係でしょうか。ここでは、水色と金の配色を狙っています。

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写真6番目は、林宗平の塩沢紬を合わせてみました。鹿を重ねており、まあ普通の人はこういうことはしませんよね。この鹿のモチーフは、有栖川錦に由来するもので、地方の優れた文化の例である林宗平の越後上布や塩沢紬が、中央の文化である名物裂の意匠を取り入れているのはそぐわないように思うかもしれません。しかしそれは近代の民芸思想以後の価値観の影響を受けてしまっています。「北越雪譜」には、魚沼の織物を京都の錦に負けないようにする、と両者を同じ土俵で競争すべきものと考えています。
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[ 2016/08/20 ] 帯合わせ | TB(0) | CM(0)

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