一の橋の付下げ「紅葉吹寄せ」(制作したのは安田)

第三千四百四十二回目の作品として、一の橋の付下げ「紅葉吹寄せ」を紹介します。実際に制作したのは安田です。

以前、千切屋治兵衛や北秀から仕入れたものとして紹介していた安田はお父さんの時代のもの、最近、一の橋から仕入れたものとして紹介する安田は息子さんのものです。お父さんの時代の安田は、完璧な糊糸目、完璧な描き疋田と型疋田(両方使い分けていた)が特長で、意匠はいわゆる安田様式でした。

安田様式とは、友禅模様を取り方の中に押し込め、その部分だけを友禅と刺繍と箔で重加飾し、取り方の外部は白揚げで波などをさらっと描くものです。取り方内部は豪華な江戸時代前期の小袖の様式に似て、取り方外部は粋な江戸後期の小袖の様式に似ていました。そのため豪華でありながらすっきりしていましたが、それだけでなく、1枚の着物で江戸時代の小袖の歴史を説明してしまうという奥深いものでもありました。

欠点は、小袖の歴史を真面目に踏襲しているだけに、誰でも真似で来てしまい、真似した作品はどれでもそこそこ上品にできてしまうことです。そのため、京都だけでなく十日町でも安田風の訪問着がいっぱいできてしまい、みんなが見飽きてしまったのです。

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いちばん上の写真は、前姿(マエミ+オクミ)です。さて、安田の息子さんの方の作風ですが、糊糸目が美しいのは当然ですが、疋田は有っても補助的です。色は淡いというより透明感が有ってグラデーション効果を多用しています。しかし親とのいちばんの違いは、様式美を追求するというよりも詩情があることです。様式は真似できますが、詩情は真似できないですから、十日町でそっくりさんが作られる危険はありません。

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写真2番目は後姿です。京都の着物の制作者、悉皆屋とか染匠とか言われる人たちは、職人さんたちに仕事を割り振るのみで、自分で筆を持つことはありません。オーケストラの指揮者のようなものですね。それはあの中井淳夫さんであっても同じです。しかし、安田の息子さんは絵が描ける人で、自分で下絵を描くそうです。京都の悉皆屋さんとしては異端ですよね。

それがこの人の作品の詩情につながってくるのか、それとも京都の友禅界がしぼんだ結果、指揮者も何か1つ楽器の演奏をしなければならなくなったのか、芸術という視点から見るか、経済という視点から見るかの違いですね。

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写真3番目は袖です。もう片側の袖にも同じぐらいの量の模様が有ります。

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写真4番目は胸です。明日は細部を紹介します。安田はやっぱりすごいですよ。
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[ 2016/07/13 ] 友禅 | TB(0) | CM(0)

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