野口の着尺の帯合わせ

第三千四百三回目は、野口の着尺の帯合わせです。

更紗でも単色や同系色の濃淡でまとめたものは着易いと思いますが、今回の作品のような多色、しかも濁りの無い綺麗な多色はどうでしょうか。裂として見る分には文句なく綺麗ですが、着る人間や帯との兼ね合いはどうでしょうか。

更紗に対する帯合わせについては、私はいつもこんな方針でしています。
①無地または、縞、格子、横段など単純なデザインを合わせる。しかも無地以外は直線限定です。
②更紗発祥の地である印度を思わせる風物を合わせる。鸚哥、象、インド人などですが、西洋の騎士やアンデスの織物のモチーフなど多少勘違いしても大丈夫です。
③更紗に更紗を合わせることは、普通は無理ですが、更紗の大きさを極端に変えたり、途中に余白を挟むと着られないこともない。

今日は、直線限定の単純な縞や格子を合わせてみます。縞は、近世初期に木綿の縞の「唐桟」としてインドから輸入されたものでもあるため、出身地で言えば更紗の近縁でもありますし。

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いちばん上の写真は、龍村の袋帯「ちとせ間道」を合わせてみました。「間道」は中世以降、名物裂として輸入された「縞」をいいます。古代に輸入され、または模倣して日本で織られ、正倉院にある「縞」は「長斑」と「繧繝」で、近世初期にインドから輸入され、後に国産化された「縞」が「縞」または「唐桟」です。

「縞」は「島」から転じた言葉で、インドから島を渡って来た、というイメージから生まれた言葉ですから近世以後です。では近世人は「間道」や「繧繝」や「長斑」をどう思っていたかというと、名物裂は大名や豪商だけが持っていて一般人が見る機会はないですし、正倉院は現代に「正倉院展」が始まるまで公開されていませんから、中身を見た人はいなかったはずです。だから存在も言葉も知らなかったのです。

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写真2番目は、龍村の袋帯「郁芳間道」を合わせてみました。

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写真3番目は、龍村の光波帯「日野間道」を合わせてみました。光波帯は、仕立て上がりで販売するシリーズです。

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写真4番目は、龍村の袋帯「甲比丹縞格子」を合わせてみました。唐桟とともに東インド会社経由で輸入されたモールを写したものです。モールとは芯糸に薄い金の板を撚りつけたもので、マハラジャが着るようなものですね。

日本の金糸は、金箔を和紙に貼り付けたものを裁断して芯糸に巻き付けて作りますが、インドのモール糸は、芯糸に薄い金の板を直接撚りつけたものということなので、圧倒的に金の使用量が多いはず。私はホンモノを東京国立博物館で見ましたが、ガラス越しなので糸の状態は分らなかったです。

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写真5番目は、織悦の袋帯「業平菱」を合わせてみました。名前のイメージ通り有職文様の1つで純粋日本の意匠ですが、更紗にも合います。模様の意味でなく色や形の外見的特徴の方が大事ということもありますね。

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写真6番目は、織悦の袋帯「横段七宝文」を合わせてみました。
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[ 2016/06/04 ] 帯合わせ | TB(0) | CM(0)

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