野口の着尺

第三千四百二十九回目の作品として、野口の着尺を紹介します。

雪輪取りの中に四季の草花を入れた飛び柄の着尺です。このような小紋は、単純な模様が繰り返す小紋より絵画性が高いために、訪問着っぽく感じます。

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いちばん上の写真は、反物の幅を写真の幅として撮ったものです。模様どうしの間隔は結構広いです。模様の1つ1つが大きいですし、多色で存在感もあるので、これ以上近づけるとしつこくなるのでしょう。しかし、人間の体形はさまざまで、マエミに模様が余裕で2つ出る人も、ぎりぎりで2つ出る人もいるので、仕立て屋さんは裁つときに神経を使うと思います。

理想はマエミに2つ、オクミには、その間のちょっと上に寄ったぐらいの位置に1つ出したいですよね。仕立て屋さんには同情します。

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写真2番目は、反物の幅を写真の幅として撮ったものです。型を使っていますから模様は繰り返すのですが、なかなか繰り返さないです。1つの型がよほど長いのか、模様の1つ1つが別の型になっていて自由に配置しているのか、工房の中でどうやっているのかはわかりませんが、いろいろ工夫しているんだと思います。

2mぐらい見ていると、同じ模様が繰り返すのですが、毎回、色を変えているので、ちょっと見には繰り返していると気が付きません。型でも上手に使えば訪問着みたいに作れてしまいますよね。

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写真3番目以後は各部の近接です。草花文ですから、葉の緑は多用して当たり前ですが、花にありがちな赤系の色は、驚くほど使っていません。そのかわり黄色や青を多用していますね。そのために雰囲気が都会的になっていますし、年輩者も着られる着物になっています。その辺が野口のセンスなんですね。

また、雪輪の輪郭を見ると、金線がすごく細いです。だから上品なのですが、他社の小紋はもっと太いですよ、技術的にけっこうレベルの高いこともやっているんです。

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野口の小千谷の生地を使った着尺の帯合わせ

第三千四百二十八回目は、野口の小千谷の生地を使った着尺の帯合わせです。

今日は染の名古屋帯を合わせてみます。

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いちばん上の写真は、藤井絞の辻が花写しの名古屋帯を合わせてみました。生地は単衣の時期用として着るとかっこいい玉紬で、鶺鴒のいる意匠は元絵の辻が花裂をほぼそのまま写しています。

色の無い描き絵部分と茶色い絞り部分からなっていますが、その色の組わせは着物とほぼ一緒なので、全体として色数を増やさない帯合わせになっています。色数を増やさないということもまた、帯合わせのパターンの1つですね。

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写真2番目は、藤井絞の辻が花写しの名古屋帯を合わせてみました。生地は玉紬(「玉紬」が一般名ですが、世間では「生紬」というしょうざんの商標の方が有名ですね)で、松皮菱の形に染め分けられた意匠は元絵の辻が花裂に取材したものです。着物の茶色と白に対し、染分けの水色や黄緑の配色が綺麗です。

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写真3番目は、千切屋治兵衛の友禅の名古屋帯を合わせてみました。生地は絽で、実際の加工をしたのは藤岡さん、糸目は糊糸目です。芒が描いてあるので、夏後半のイメージですね。絵がシンプルで余白が多いので着物の模様とつながらず、帯合わせしやすいです。

よく見ると風鈴は三日月に掛けられており、シュールな意匠でもありますね。

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写真4番目は、花也の友禅の名古屋帯を合わせてみました。生地は平織と紗が縞状に織られています。紗なので夏物とも思えますが、紗と平織が半々で単衣用とも思えます。花也のオリジナルの生地ですから、持っている人が自分の都合のよいように決めればいいと思います。

意匠は、オモダカやナデシコなど初夏から初秋までの植物が描かれています。生地の地紋と平行に縦に直線に配されており、着物の曲線の意匠と対比的で良いかなと思います。

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写真5番目は、花也の友禅の名古屋帯を合わせてみました。生地は上と同じく、平織と紗が縞状に織られています。意匠は葡萄で、蔓植物ですから着物とは曲線どうしになってしまいます。あまりお勧めできませんが、茶と黄緑の配色が綺麗なので掲載してみました。

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写真6番目は、花也の友禅の名古屋帯を合わせてみました。生地は上と同じく、平織と紗が縞状に織られています。意匠は、波の丸に千鳥を合わせたもので、花と鳥の組み合わせにしてみましたが、更紗と和風の鳥がどうかというところ。
[ 2016/06/29 ] 帯合わせ | TB(0) | CM(0)

野口の小千谷の生地を使った着尺の帯合わせ

第三千四百二十七回目は、野口の小千谷の生地を使った着尺の帯合わせです。

今日は龍村の名古屋帯を合わせてみました。

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いちばん上の写真は、龍村の絽の名古屋帯「清山文」を合わせてみました。濁りのない色で表現された遠山霞文です。

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写真2番目は、龍村の絽の名古屋帯「風矢羽」を合わせてみました。紺地の矢羽文です。横方向にかすれて風のスピード感を表現しています。

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写真3番目は、龍村の絽の名古屋帯「秋涼」を合わせてみました。「秋涼」というタイトル通り、絽と言っても夏の後半になって着る帯ですね。植物文どうしですが、更紗と萩という異質すぎる組み合わせなので、重ならないで済んでいると思います。茶と水色の組み合わせは綺麗ですよね。

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写真4番目は、龍村の絽綴の名古屋帯「花流水」を合わせてみました。龍村の絽綴は、地は綴組織、模様は絵緯糸で表現されたものです。

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写真5番目は、龍村の絽綴の名古屋帯「芒香文」を合わせてみました。上は初夏、こちらは初秋を意識しています。
[ 2016/06/28 ] 帯合わせ | TB(0) | CM(0)

野口の小千谷紬地の単衣~夏の着尺

第三千四百二十六回目の作品として、野口の小千谷の生地を使った単衣~夏の着尺を紹介します。

シャリっとした感じの生地です。拡大写真を見てわかるとおり、絽や紗というわけではないので、盛夏よりも単衣時期に着た方がいそうですね。6月に着たらさわやかそうですが、初夏の風物が描いているわけではないので、9月に着てもよさそうです。

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いちばん上の写真は、反物の幅を写真の幅として撮ってみました。生成りの(染めていない)白い生地に、茶色の濃淡で更紗風の模様が染められています。単色の濃淡なので、涼し気な感じもします。

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写真2番目は、別の場所を反物の幅を写真の幅として撮ってみました。型染ですが、1枚の型がとても長くなかなか模様が繰り返しません。

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写真3番目は近接してみました。

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写真4番目はもっと近接してみました。しっかりグラデーション表現がしてあります。1枚の型で、染める時に刷毛でグラデーションにしているのでしょう。型染というより手挿しの加工着尺ですね。

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写真5番目は反物の端です。「越後小千谷」の文字が織り込まれています。

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写真6番目は、生地の拡大です。

野口の夏の名古屋帯の帯合わせ

第三千四百二十五回目は、野口の夏の名古屋帯の帯合わせです。

今日は昨日よりもさらにカジュアルに帯合わせをしてみます。本来であれば半幅帯を合わせるべき浴衣にも合わせてみます。

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いちばん上の写真は、小千谷縮を合わせてみました。本来の小千谷縮は越後上布とともに重要無形文化財を受けた極めて希少で高価なものですが、ここで紹介する小千谷縮はラミー糸を使ったものです。縞や格子は、価格は高めの浴衣ぐらいでコスパが高いですし、デザインもお洒落です。これは緑とベージュの組わせを効果的に使った格子です。

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写真2番目は、小千谷縮を合わせてみました。緑とグレーの大胆な色分けのようにも見えますが、よく見ると縞なんですね。

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写真3番目は、絹紅梅を合わせてみました。紅梅織は「勾配」の意味で、太い糸と細い糸を混ぜて織ることにより生地に勾配を生じさせ、風通しを良くしたものです。江戸時代の人は駄洒落が好きだったので、「こうはい」に掛けたのです。

綿だけで織られた綿紅梅と、太い糸が綿で細い糸が絹の絹紅梅がありますが、すべて絹糸だけで織られた絹紅梅もあります。綿紅梅はカジュアルですが、絹紅梅はそれよりフォーマル方向です。

絹紅梅の染の意匠は、浴衣的なものと正絹の小紋的なものがあるので、フォーマル度、カジュアル度の範囲は広いです。この絹紅梅は藍染の中型の模様なので浴衣的ですね。

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写真4番目は、正藍長板染の浴衣を合わせてみました。初山一之助さんのものです。

浴衣を染める技法というのは、江戸時代からある1度に1枚しか染められない長板染、大正時代に考案された1度に数十枚染められる注染、現代のインクジェットがあります。注染が考案された時、ホンモノの長板染に対する量産技法だったでしょうが、インクジェットがある今、注染がホンモノということになっています。

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写真5番目は、三勝の浴衣を合わせてみました。注染の浴衣です。江戸の風情も感じて結構好きな意匠です。

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写真6番目は、三勝の浴衣を合わせてみました。帯の丸が並ぶ帯の意匠を意識して遊んでみました。まさかこういうことをする人はいないでしょうが。
[ 2016/06/26 ] 帯合わせ | TB(0) | CM(0)

野口の夏の名古屋帯の帯合わせ

第三千四百二十四回目は、野口の夏の名古屋帯の帯合わせです。

カジュアルな雰囲気の帯ですが、カジュアルにも伝統的な織物から浴衣まで幅があります。今回の帯は、正絹の紋紗というフォーマルっぽい生地に、折締絞りというカジュアルっぽい技法を合わせたものですから、カジュアルの中でもけっこう幅広く使えると思います。今日は、伝統的な織物を中心としたカジュアルの中でもフォーマルっぽい方、明日は浴衣を中心としたカジュアルそのものを試してみます。

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いちばん上の写真は、野口の正絹の絽の小紋を合わせてみました。生地は紅梅になっているので、小さな四角がたくさん並んでいる状態です。それに型染で格子状の模様を染め、さらに全体を市松模様にぼかしています。三層に四角が重なっているわけで、レベルの高い意匠力だと思います。

その四角尽しを帯の丸の模様に対比させてみました。正絹の小紋ですから、この帯が使える上の限界ですね。

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写真2番目は、大城永光の花絽織を合わせてみました。花織と絽織を併用した織物で、少し昔は花倉織と表記されていました。しかし、花倉織という名称は首里織でしか使えないことになったので、南風原など他の地区で織られたものは今は花絽織といいます。

花織と絽織を併用した織物ですから、組織の構造を現す一般名としては、花絽織という方が論理的ですねえ。実際に夏物の着物として着る時は、各地の絣織物などと同格に扱うことが多いですが、歴史的には琉球王家の官服ですから、龍村の夏帯など合わせて格の高い雰囲気を演出しても良いと思います。今回はこの帯が使える上の限界ということで試しています。

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写真3番目は、琉球壁上布を合わせてみました。琉球絣の夏物です。「夏琉球」とひょうきされていますが、壁糸と言われる糸を使った織物ということで「壁上布」ということもあります。「壁糸」については、検索すると解説が読めます。比較的、リーズナブルな価格にもかかわらず、手織りで絣も手括りだそうです。手括りの絣と言うと、本土ではそれだけで超高級品のイメージですが、南風原には絣を手括りする専業の業者がいて、大城広四郎以外の各工房は外注しているそうです。それで少し合理化しているんでしょうね。

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写真4番目は、東郷織物の夏大島を合わせてみました。東郷織物は大島紬の有名な織元です。大島紬は高額なイメージがありますが、それは締め絣という超絶技巧的な細かい絣をするからで、絣の無い格子柄はそんなに高いものではありません(どこで買っても10万円以下)。でもお洒落感はかわりません。高いからお洒落ってわけでもないですし、配色さえ上手ければ縞や格子はモダンで良いですよね。

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写真5番目は、「秦荘花織」とネーミングされた織物を合わせてみました。秦荘というのは平成の大合併により消えた地名で、現在は愛荘町といいます。もともと近江上布の産地で、その技術でいろんな織物が織られていて、価格もリーズナブルでセンスの良いものも多くあります。

秦荘村は、もともと秦川村と八木荘村が合併してできた村でした。「秦」の字は、帰化人を連想させ、古代からの織物産地なんだろうと期待させますね。近江上布を行商したのが近江商人で、その代表が伊藤忠と丸紅の創始者の伊藤家です。一方、八木荘村は堤康次郎の出身地で、西武グループ発祥の地です。なんとこの一角から日本の戦後の経済史の一部が作られていたんですね。
[ 2016/06/25 ] 帯合わせ | TB(0) | CM(0)

野口のどちらかというとカジュアルな夏の名古屋帯

第三千四百二十三回目の作品として、野口のどちらかというとカジュアルな夏の名古屋帯を紹介します。

紋紗の生地に絞りで模様を付けた名古屋帯です。正絹の帯ですが、このような絞りの模様だとカジュアルな雰囲気になりますね。

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いちばん上の写真は、帯の幅を写真の幅として撮ったものです。

丸い形の絞りの周囲に四角い枠が見え、丸と四角で構成された意匠のように見えます。しかし、この四角の枠は意図的に描かれたものではなく、この丸い絞りは生地を折りたたんで圧力をかけて防染する絞りで、その折り目に染料が溜まった痕跡なのです。技法の特徴としてやむなく生じたムラを意匠として取り込んでいるんですね。

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写真2番目は、絞りの模様の無い部分の生地の写真です。紋紗の模様は丸で、それに対して絞りで丸い模様を重ねているのです。これこそ野口のセンスですね。普通の人なら、生地の地紋と染の模様は違うものにするのではないでしょうか。

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写真3番目は、絞りによる模様の近接です。丸模様の紋紗の生地の上に、絞りで丸い模様を重ねたのであれば、両者を関連付けたいところです。しかし、ここでは両者は大きさも違い、配置もずれています。生地の地紋と染の模様が同じということは、たぶん両者は連携しているのだろうと思いますが、その予想は完全に裏切られ、両者は勝手に存在しています。

これも野口のセンスでしょう、これが洒脱な雰囲気を生んでいるんだと思います。

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写真4番目は、生地の近接です。紋紗の構造がわかるように撮ってみました。緯糸は太いしっかりした糸で全体が同じです。経糸は撚った糸ですが、紗の部分だけさらに強く撚って糸を細くし、隙間を作って紗にしています。

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写真5番目は、生地の紗の部分の拡大です。隙間がよくわかるように下に赤い紙を敷いてみました。

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写真6番目は、生地の紗でない部分の拡大です。
[ 2016/06/24 ] 絞り | TB(0) | CM(0)

大羊居の付下げ「花唐草」の帯合わせ

第三千四百二十二回目は、大羊居の付下げ「花唐草」の帯合わせです。

今日は帯と着物に同じような曲線の草花模様を合わせることが許されるのか試してみました。曲線の草花模様といえば、唐草と更紗が思い浮かびます。両者は時代や起源が違いますし、日本に流入した時期も持ち込んだ人も受容のされ方も違います。呉服屋さんが、唐草模様を見て更紗とか言ってしまったら恥ずかしいですよね。

しかしながら、呉服屋さんの私でも、たとえば帯屋捨松の帯を見ていて、更紗だなあと思って、改めてタイトルをみると「××唐草」なんて書いてあることがあります。そういう時、これがお客様に商品説明をしている時でなくて良かった、と思うのです。また別の帯ブランドで、明らかに唐花文様なのに「××更紗」なんてタイトルが付いていることがあります。それは間違っているというより、タイトルも含めた意匠権としてわざと他人が付けない異質なタイトルを付けているのかなあとも思います。

結局、人類は曲線の草花模様が好きなんですよね。いろんな地域、いろんな民族、いろんな時代にいろいろな草花の曲線模様を生み出しているのです。そしてそれを生む人の精神状況は同じだと思います。

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いちばん上の写真は、織悦の袋帯「ペルシア巻花蔓」を合わせてみました。ペルシア絨毯のデザインを思わせる模様です。着物も帯も曲線の唐草模様で重なってしまいましたが、大きさが違うので許せる感じでしょうか。許せるか許せないか、人によってでしょうが。

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写真2番目は、織悦の袋帯「楽園」を合わせてみました。これは更紗模様と言って良いでしょうが、更紗と唐草を合わせる帯合わせというのも、模様の時代や日本における受容のされ方が違うと言っても、曲線模様を重ねるだけであまり感心しないですよね。しかし、この帯の意匠は、曲線の草花模様より、馬や鳥が目立って、着物の花と「動物と植物」ということで、補完関係になれるかな。

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写真3番目は、紫絋の袋帯「ウィリアムモリスシリーズ」の1本を合わせてみました。ウィリアムモリスは更紗かといえば、先日saeさまからコメントをいただいた「 トワル・ド・ジュイ」を仲立ちとすれば、歴史がつながるんですね。

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写真4番目は、帯屋捨松の袋帯「ヴィクトリア花文」を合わせてみました。タイトル通りならヴィクトリア時代の模様に取材したものでしょう。やはり着物と同じく曲線の花模様ですが、友禅の軽い質感と西陣織の重厚な質感の違いで許されるかなあ。

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写真5番目は、帯屋捨松の袋帯「立沸に花文」を合わせてみました。曲線と花模様が有りますが、これは唐草でも更紗でもなく、有職文の立沸(海から水蒸気が上がっている様子)と花模様を合わせた、近世の唐織の写しです。能衣装でしょうね。
[ 2016/06/23 ] 帯合わせ | TB(0) | CM(0)

大羊居の付下げ「花唐草」の帯合わせ

第三千四百二十一回目は、大羊居の付下げ「花唐草」の帯合わせです。

今日は和風とエキゾチック風を比較してみました。名物裂として伝来した「牡丹唐草金襴」は国産化もされるとともに、「菊唐草」とか「桜唐草」とか、いろいろなバリエーションが生まれました。今回の着物のテーマである「花唐草」は、それを引き継ぐものです。と考えると、「花唐草」は日本起源の文様ではないが、数百年に渡って日本人に愛された文様ということになります。そのような文様には和風が合うんでしょうか、エキゾチック風が合うんでしょうか。

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いちばん上の写真は、龍村の袋帯「王朝華映錦」を合わせてみました。高島屋専売の「平蔵」ブランドの人気商品である「威毛錦」の「たつむら」ブランド用バージョンです。百貨店は他店で買えないオリジナル商品を求めるので、龍村は高島屋専売の「龍村平蔵製」、三越専売の「龍村美術織物」など、販売チャネルごとに複数のロゴを持っています。自由に販売できるのが「たつむら」です。鎧のモチーフについては、バリエーションを変えてどの販売チャネルに対しても制作しています。

和風そのものですが、違和感はないですね。

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写真2番目は、洛風林の袋帯を合わせてみました。和風そのものである亀甲文様です。これも違和感ないですね。

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写真3番目は、龍村の袋帯「騎馬陶楽文」を合わせてみました。イラン、イラク、シリアなどで出土するイスラム陶器をテーマにしたもの。唐草文様は、葡萄唐草として正倉院にもあり、古代にも伝わっていました。ギリシアにもあるので、起源はオリエントでシルクロードを通ってユーラシア大陸を横断したのでしょう。そう考えれば中東のモチーフは同郷ですよね。

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写真4番目は、龍村の袋帯「西域舞踊錦」を合わせてみました。ソグド系の装飾でしょうか、日本人にとっていちばん行きにくい海外の1つということでエキゾチックの極みですね。

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写真5番目は、坂下織物の袋帯「御門綴」シリーズの1本を合わせてみました。外来でありながら日本に同化し、もはや和風かエキゾチックかわからなくなった文様と言えば、正倉院の唐花文も同じです。正倉院の文様は、日本にとっていちばん古い古典であるとともに、外来種でもありますしね。
[ 2016/06/22 ] 帯合わせ | TB(0) | CM(0)

大羊居の付下げ「花唐草」の帯合わせ

第三千四百二十回目は、大羊居の付下げ「花唐草」の帯合わせです。

今日は間道を合わせてみました。着物の意匠の曲線に対して、帯は対照的な直線の組み合わせです。日本にとってのストライプ模様とは、古代における正倉院の繧繝と長斑(絹)、中世における名物裂の間道(絹)、近世におけるインド産の唐桟縞とその国産化(木綿)、の3つの波だと思いますが、そのような歴史に関係なく縞は直線模様ですから、唐草、更紗という曲線模様グループと対峙させてみるということができます。

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いちばん上の写真は、龍村の袋帯「ちとせ間道」を合わせてみました。龍村から発売されている間道のシリーズを集めてみました。ストライプ模様のなかでも「間道」を名乗るものは、中世以降、主に中国から舶載された名物裂ですが、それらの多くは博物館や前田育徳会など有名コレクションが所有しており、元の所有者などに由来する名前が付けられています。

龍村でもその再現品が作られていますが、「海老殻間道」を除くすべてが高島屋の専売になっています。そのため一般に販売できる「たつむら」ブランドでは、色の配置を変えるなどするとともに、歴史的な由来を連想させないネーミングで販売しています。今日紹介している「ちとせ」「彩香」「郁芳」「清風」はそのようなものでしょう。じつはいずれも、れっきとしたネーミングを持つよく似た間道が名物裂としてあります。

このような事情を、マーケティング理論では販売チャネル政策といいますね。元はGMが考案したものであり、自動車業界で盛んにおこなわれました。トヨタや日産も複数の販売チャネルを持っていて、それぞれのチャネル向けに、同じ車種をライトの形をちょっと変えたりして、セドリックとかグロリアとか名前を変えて売っていましたよね。

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写真2番目は、龍村の袋帯「彩香間道」を合わせてみました。

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写真3番目は、龍村の袋帯「郁芳間道」を合わせてみました。

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写真4番目は、龍村の袋帯「清風間道」を合わせてみました。

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写真5番目は、龍村の袋帯「海老殻間道手」を合わせてみました。「海老殻間道」は一般名として存在していますが、青木間道に似たもののようです。「ようです」としか言えないのは、名物裂の本にも載っているのですが、あまり有名ではないようで写真が無く、青木間道の説明のついでに書いてあるのです。

龍村のネーミングにおける「・・・手」は、完全に再現したわけではないという意味です。

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写真6番目は、龍村の光波帯「日野間道」を合わせてみました。日野間道の本物は東京国立博物館でみられます。間道というより揺らいだ段文ですよね。龍村としては、高島屋専売の「平蔵」ブランドで手織りの高額な袋帯を売るとともに、光波帯のシリーズとしてリーズナブルな価格で名古屋帯を売っています。

これは安い方ですが、最近どこも品切れしていますよね。機械織りの普及品はロットがあるので、一度欠品すると次にいつ織ってくれるかわからないことがあります。その点、世間では「希少」と思われている手織りの方がじつは入手しやすいということも。
[ 2016/06/21 ] 帯合わせ | TB(0) | CM(0)

大羊居の付下げ「花唐草」の帯合わせ

第三千四百十九回目は、大羊居の付下げ「花唐草」の帯合わせです。

「花唐草」というテーマの着物ですから、その相手の帯は鳥にして両者で花鳥を作ってみました。帯合わせで大事なのは「色」、その次に「見た目の雰囲気」だと思いますが、実際に帯合わせをしていると、「意味のある帯合わせがしてみたい」という誘惑に駆られるものです。

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いちばん上の写真は、紫絋の袋帯を合わせてみました。正倉院の染織品をテーマにしたもので、天平の三纈といわれる臈纈、挟纈、纐纈に加え、刺繍などいろいろな技法で表現されたモチーフを盛り込んでいます。節操なく盛り込みながらしつこくないのは、上手に整理してあるからでしょう。鳥の元絵は挟纈だと思います。

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写真2番目は、大西勇の袋帯を合わせてみました。正倉院御物の「銀平脱の合子」をテーマにしたものです。聖武天皇が使った碁石入れで、象と鸚哥がありますが鸚哥を出してみました。実際に締めるときは、お太鼓が象で、腹文が鸚哥になります。

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写真3番目は、織悦の袋帯を合わせてみました。平家納経をテーマにしたものです。平家納経といえば、鹿が反っくり返った模様や、十二単の女性の模様も有名ですが、現物は31巻有ってそれぞれ表紙や見返しなどに絵や装飾がありますから、図案家はいろんな場所から意匠を取っているのです。

ついでに言うと、たいていの図案家はそのまま描かず、自分なりにアレンジしています。それは他の業者に模倣された場合に指摘できるようにです。オリジナル通りであれば、他社に模倣された場合にも、私もたまたま同じ場所を写しました、と言い逃れされてしまいますから。

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写真4番目は、帯屋捨松の袋帯「豊公花鳥文」を合わせてみました。「豊公」のタイトルからわかるとおり、豊臣秀吉が南蛮人から買ったペルシア絨毯を陣羽織に仕立てたものです。

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写真5番目は、龍村の袋帯を合わせてみました。チュニジアにあるローマ時代のモザイクに取材したものです。輝度の高い銀地に原色の赤と黄色と緑と青で、鳥と葡萄の蔓が織られています。身に付けると思うとかなり手強いですが、そのハードルを越えたときに烏丸工場を克服したという達成感があるんじゃないでしょうか。私はこの帯を大好きですが、そう思えるようになったのは仕入れてから10年目ぐらいです。

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写真6番目は、山鹿清華の袋帯を合わせてみました。山鹿清華の作品は「手織錦」といいますが、本作品であるタピスリーは数少ないはずです。これはじゅらくによるライセンス生産の帯ですが、手織りですし、技法も同じでレベルは高いです。
[ 2016/06/20 ] 帯合わせ | TB(0) | CM(0)

大羊居の付下げ「花唐草」の細部


第三千四百十八回目も、大羊居の付下げ「花唐草」の細部です。

昨日は前姿の花を近接で撮ってみましたが、今日はそれ以外の部分の花を近接で撮ってみます。

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いちばん上の写真は、後姿の中心部、背縫い辺りの近接です。後姿も前姿に変わらないぐらい華やかです。

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写真2番目は、後姿の上の方です。花の輪郭を金糸の駒繍をしています。ここは京友禅でもありがちな普通のあしらいですね。

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写真3番目は、後姿のメインになる花です。メインにふさわしく花の模様をほとんど刺繍で埋めるような濃厚なあしらいをしています。この花はお洒落なパステルカラーですね。葉もこの花の近くだけパステルカラーに変わっているので、この一区画だけパステルワールドになっていて目を引きます。

パステルカラーの作品は、全体がパステルカラーでないと統一感が無いものですが、大羊居のばあいはパワーで押し切っちゃって、そんなこと関係ないみたいですね。

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写真4番目は、後姿の下の方です。前姿のメインでもあった、赤青黄に金糸の刺繍を被せた派手な花が現れました。もう1つの花弁がオレンジの花は、顎辺りのムカゴのような部分は紫の刺繍がしてありますが金糸も混ぜてあり、微妙な輝きの演出になっています。

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写真5番目は、袖の模様の近接です。袖にも例の派手な花がありますが、ここでは青と黄色がメインになっていてちょっと色が抑えてあるようです。着物作りには、全体の構想だけでなく各部の微妙な配慮も大事ですね。

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写真6番目は、もう片方の袖の模様の近接です。大きなオレンジの花弁を持つ花も何度か登場しています。あしらいの仕方は毎回違って、ここでは面を埋めるように同色で刺繍していますが、刺繍が濃淡表現に貢献しているほか、金糸も混ざっていて輝きもありますね。
[ 2016/06/19 ] 友禅 | TB(0) | CM(0)

大羊居の付下げ「花唐草」の細部

第三千四百十七回目は、大羊居の付下げ「花唐草」の細部です。

細部を見ていくと魅力的なパーツの多い作品なので、花を中心に近接で撮ってみます。

花にあしらいをする場合においては、花の輪郭を金駒で括るばあいもありますし、花の芯だけに刺繍をするばあいもありますし、花弁を面で覆うように色糸で刺繍する場合もあります。京友禅では、普通はそのうちどれかの方法を選択し、統一的な表現をします。ある花については輪郭を金駒で括り、ある花については花弁全体を色糸で覆うというような、統一感の無いことはしないものです。

しかし大羊居の花のあしらいは自由で、花ごとに視覚的に最善と思われる方法で自由にやっているみたいですね。私としても紹介のしがいがあります。

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いちばん上の写真は、マエミの上の方です。野口真造の論文に「染色は水の芸術である」というのがありますが、この花の花弁は、それを地で行くような多色を水でぼかした表現です。赤、黄、青を隣り合わせた派手な表現ですが、各色は直接接しておらず水のおかげで生じた白い緩衝地帯があります。そのおかげでケバくないんですね。

さらにその上に金糸であしらいをしています。染色をした後に強調のためにあしらいをするのではなく、最初からあしらいで金を加えることを前提に染色をしているのです。あしらいで価値が増すのではなく、あしらいが無ければ染色も無意味になるというわけで、刺繍の重要度が大きいですね。

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写真2番目は、マエミの下の方です。これも上と同じパターンですね。面白いので、同じパターンを2つ載せてしまいました。

よく見ると、蔓の色に濃淡があります。陽が当たっているところ、いないところ、というほど論理的な色分けではないですから、写生的な色分けではなく意匠的な色分けなんですね。この濃淡があることで、模様に奥行きを感じますから、意匠というのは必ずしも論理的でなくてもいいのだとわかります。

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写真3番目は、マエミの中ほどです。友禅はあっさりしていて、あしらいで作画が完成したような花の表現です。花弁の外周を広い面積で覆うとともに、花芯も青と金という刺激的な色を使ってあしらっています。

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写真4番目は、オクミの上の方です。金糸の駒繍を使った、京友禅でもありそうな普通のあしらいですが、葉については輪郭ではなく中心の葉脈をあしらっています。花弁については白糸で、面を覆うあしらいも併用しています。

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写真5番目は、オクミの下の方です。小さな花ですが、主役の花ではなく、がくの部分にあしらいを入れています。金糸ですが、輪郭ではなく面白い表現ですよね。
[ 2016/06/18 ] 友禅 | TB(0) | CM(0)

大羊居の付下げ「花唐草」

第三千四百十六回目の作品として、大羊居の付下げ「花唐草」を紹介します。

中国から伝来した名物裂で、いちばん種類も多く有名なものは「牡丹唐草金襴」です。やがて日本でも模倣品が織られて、やがて菊唐草、桜唐草などオリジナルの唐草模様も作られました。また江戸後期には「蔓草模様小袖」というのが流行り、小袖の模様として杜若など本来蔓植物でない植物も曲線模様で描かれました。

曲線模様というとアールヌーヴォーを連想しますが、それに100年近く先立って日本にも曲線模様の流行があったんですね。今日紹介する大羊居の付下げ「花唐草」は、日本で多くのバリエーションが織られた「唐草金襴」の流れを引き継ぐようでもありますし、江戸後期の「蔓草模様小袖」を引き継ぐようでもありますね。

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いちばん上の写真は、前姿(マエミ+オクミ)です。

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写真2番目は後姿です。

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写真3番目は袖です。

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写真4番目は、もう片方の袖です。

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写真5番目は、胸の模様です。

明日は細部を紹介します。
[ 2016/06/17 ] 友禅 | TB(0) | CM(0)

野口の長襦袢「蝙蝠」

第三千四百十五回目の作品として、野口の長襦袢「蝙蝠」を紹介します。

中国語では「蝙」は「福」と音が同じということですし、「蝠」の文字も「福」を連想されるということで、蝙蝠は中国では縁起が良いとされています。

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いちばん上の写真は、反物の幅を写真の幅として撮ったものです。紫色と黄緑色の蝙蝠の飛び柄で、型疋田による表現になっています。

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写真2番目は、紫色の蝙蝠の近接です。かわいいデザインのなので、もっとはっきり見えるように紹介したいのですが、すべての色が淡いためこんな風にしか撮れませんでした。上に淡い着物を着ても下に着ている長襦袢の模様が透けないように、長襦袢の色は淡いのが基本なのでしょうがないですね。

長襦袢でも地色が濃いものもありますし、模様がはっきりして絵画的に美しいものもあります。そういう長襦袢は、地が厚い紬の下に着るか、フォーマルならば地色の濃いものの下に着るしかありません。着物に合わせて何枚でも長襦袢を買うような人は、何を買っても自由ですが、1,2枚で済まそうという人は淡いものを買っておいた方が無難ですね。

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写真3番目は、黄緑色の蝙蝠の近接です。

男児のお宮参りの着物

第三千四百十四回目の作品として、男児のお宮参りの着物を紹介します。

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いちばん上の写真は全体です。

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写真2番目は、メインの模様は兜です。

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写真3番目は、兜の下辺りの背中の模様です。メインの兜以外の模様は扇面だけです。八つ橋のモチーフは、杜若だか菖蒲だかわかりませんが、菖蒲と思えば「尚武」につながりますね。しかしそれ以外は琳派の模様で、普通の女性用の訪問着と差がありません。

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写真4番目は、袖の模様です。扇面の輪郭線はフリーハンド風の揺らいだ線です。なぜなんだろう、それが全体の意匠に与える影響は何?

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写真5番目は、もう片方の袖です。重厚な色が魅力ですね。

男児のお宮参りの着物

第三千四百十三回目の作品として、男児のお宮参りの着物を紹介します。

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いちばん上の写真は全体です。

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写真2番目は、メインの兜です。昨日紹介したお宮参りの着物はメインが鷹でしたが、今日は兜です。たいていどちらかですね。ただし少数派として宝船があります。今の時代、腕力のある人よりお金のある人の方が良い、ということなら、今後増えるかもしれませんね。

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写真3番目は、兜の下の方の背中の模様です。じつは兜以外は全て宝尽くし。やはり腕力より財力重視でした。普通の意匠は、メインの兜が大きくそれ以外は小さいものですが、この着物の図案は、どちらもあまり大きさが変わりません。やはり武が薄められているとともに、模様の配置を料理に例えれば、大きな具がごろっと入っている感じですね。

大きな具がごろっとしているような図案は、全体として意匠に有機的なつながりが無くなりがちですが、ここでは背景に格子模様を置くことで、1つのつながった意匠に見せています。女性用の訪問着にも使われる手法です。ここでは金銀箔が使われており、さらに亀裂という技巧的な防染法もつかわれています。赤ちゃんの着物としてはそこまでするのは珍しいですね。

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写真4番目は、袖の模様です。ぼかしも使っていますね。これも全体の意匠に一体感を出すためで、訪問着的な発想ですね。

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写真5番目は、もう片方の袖の模様です。宝尽くしの他に矢が描かれています。鏃が無いので、人や動物を傷付けるものではなく、縁起物の破魔矢です。そういえばお宮参りの着物のテーマにされる武のイメージは、兜という防具だけであって、攻撃用の刀は描きませんね。配慮してますねえ。

男児のお宮参りの着物

第三千四百十二回目の作品として、男児のお宮参りの着物を紹介します。

男児のお宮参りの着物は黒がほとんどなので、まずこの作品の変わった地色が印象に残ると思います。男児のお宮参りの着物は、なぜほとんど黒であったのか、じつは家紋とも関係があります。少し昔の男児のお宮参りの着物は「石持ち」といって、家紋の位置が5か所、あらかじめ白抜きになっていました。その部分に職人さんが家紋を描き入れたのですが、黒以外だと色の調合に手間がかかるということで、少し高かったのです。

この作品もそうですが、最近の男児のお宮参りの着物はたいてい石持ちになっていません。そのような場合の家紋の入れ方は2つで、一般的な方法は「刷り込み」という技法で、胡粉で家紋を描くのです。本来の石持ちに対する簡便な技法ということになりますから、私はあまり好きではありません。

もう1つの方法は、金糸で刺繍紋を入れることです。普通の刺繍紋より大きめに入れるとかっこいいですよね。もちろん描き紋よりもコストは高くなりますが、その代わり1つで良いので、5つの描き紋に比べてほぼ同じかちょっと高い程度です。この着物の地色であれば、金糸の家紋は上品で綺麗でしょうね。

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いちばん上の写真は全体です。今はお宮参りの着物は、西松屋やアカチャンホンポでも売っていますから、わざわざ呉服屋で買わなくても良いのかもしれません。ただ普通に売っているお宮参りの着物は模様がいっぱいついている気がしませんか。呉服屋や百貨店の呉服部で販売している、そこそこの値段がするものの方が模様がすっきりしている気がします。

普通の女性用の訪問着でもそうなのですが、安いものは型なので模様がしつこく付いていて、高いものは手描きなので模様が少なくてすっきりしているものなんですね。

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写真2番目は、メインの鷹の近接です。

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写真3番目以降は各部の近接です。メインの鷹は、男児のお宮参りの着物に特有のモチーフですが、それ以外は、なんと普通の女性用の訪問着にあるのと同じ色紙散しです。わざわざ兜や富士山や天守閣を描かなくても意匠として成立するんだなあ、とむしろ驚いてしまいます。むしろ上品と感じる方もいらっしゃるのでは、まあ好き好きですが。

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一の橋の付下げ「笹」の帯合わせ

第三千四百十一回目は、一の橋の付下げ「笹」の帯合わせです。

今日は名古屋帯を合わせてみました。名古屋帯でも人間国宝の喜多川俵二や龍村はフォーマル感が強いですから、付下げぐらいなら使えます。

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いちばん上の写真は、喜多川俵二の名古屋帯「鳥襷丸文」を合わせてみました。これは有職文ですね。

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写真2番目は、喜多川俵二の名古屋帯「小牡丹唐草」を合わせてみました。名物裂としていちばん有名な牡丹唐草文ですね。

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写真3番目は、龍村の名古屋帯「木画狩猟文」を合わせてみました。正倉院御物の琵琶の撥が当たる部分の装飾です。タイトルの「木画」とは、木に木を嵌め込んだ象嵌で作画されているという意味です。胡人が騎射するというテーマで、日本の美術としてはたぶんこれが初出で、その後近世まで「韃靼人狩猟図」などとして描かれ続けます。大彦や大羊居も訪問着の模様などとして結構作っていますね。

10世紀半ばに鐙が発明される以前に、走る馬の上で後ろを向きながら矢を射るなんてことは、中央アジアの遊牧民族やハンニバル麾下のヌミディア騎兵ぐらいしかできなかったんじゃないでしょうか。

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写真4番目は、龍村の名古屋帯「桐唐草文」を合わせてみました。笹と桐で植物文を重ねるのは芸が無いかなあとも思ったのですが、桐というのは日本政府の紋でもあり、植物というより縁起が良い文様ということで合わせてみました。

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写真5番目は、花也の友禅の名古屋帯「湊取琳派松梅模様」を合わせてみました。ちょうど松と梅だけの帯が有ったので、笹と合わせて松竹梅を作ってみました。友禅に友禅を重ねるというのはどうかとも思いましたが、着物の友禅はほとんどモノトーンの単彩ですし、モチーフも1つだけで、あまり絵画性も物語性もないですから、まあいいかというところです。
[ 2016/06/12 ] 帯合わせ | TB(0) | CM(0)

一の橋の付下げ「笹」の帯合わせ

第三千四百十回目は、一の橋の付下げ「笹」の帯合わせです。

今日も袋帯を合わせてみました。昨日は美智子さま風というテーマにしてみましたが、今日はもう少し自由に合わせてみました。

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いちばん上の写真は、華陽の袋帯を合わせてみました。華陽は、地が綴れ組織で模様が絵緯糸で表現されている帯で、すべて西陣手織協会の証紙が付いていました。手織りの高級な帯でしたが、数年前に廃業しました。この作品は菊がメインですが、アリバイ作りのように桜もあって、四季着られるように配慮されています。

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写真2番目は、織悦の袋帯を合わせてみました。道長取りの意匠ですが、地に有職文である立沸文、花菱文も織り込まれていて、雅な王朝文化をテーマにした作品とわかります。

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写真3番目は、洛風林の袋帯「宝飾華文」を合わせてみました。まだ帯屋捨松が洛風林同人であったころのものだと思います。ちょっとエキゾチックな趣もある濃厚な意匠です。上の公家文化とは対照的ですが、笹だけの意匠の着物はどちらも何となく受け入れているように思います。

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写真4番目は、龍村の袋帯「郁芳間道」を合わせてみました。紺とクリームのみのすっきりした間道です。「郁芳」というオリジナルネームが付いていますが、このような配色の元になる間道は名物裂としてあります。元の名物裂にちなむネーミングを持つ間道は高島屋専売として販売されています。

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写真5番目は、池口の袋帯を合わせてみました。西陣らしい引き箔の織物の上に刺繍を加えたものです。池口兄弟の中には刺繍を専業としている人もいて、このような刺繍の帯も池口の得意分野ですが、これはさらに野口の企画商品としてつくられています。そのせいかセンスが良い感じもしますね。
[ 2016/06/11 ] 絞り | TB(0) | CM(0)

一の橋の付下げ「笹」の帯合わせ

第三千四百九回目は、一の橋の付下げ「笹」の帯合わせです。

美智子さまが着るような、淡い地色にふわっとした糊糸目を合わせた上品としか言いようのない着物ですから、やはり美智子さま風の帯合わせをしたいと思います。銀座の「きしや好み」でもありますよね。「きしや好み」のばあい、安田または安田様式の着物(実際の制作は一の橋がいちばん多かったらしい)に梅垣や河村織物の帯を合わせていました。

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いちばん上の写真は、梅垣織物の袋帯「蒔絵花鳥文」を合わせてみました。タイトルから蒔絵の意匠を写したものとわかります。西陣の帯としても特に細く裁断された引き箔の地で、織物というより漆にようなとろっとした風合いがあります。

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写真2番目は、梅垣織物の袋帯「名宝格天文」を合わせてみました。地は綴れ組織で模様は絵緯糸で表現されています。織り手の名前として「星野年平」と表記があります。手織りのものは、織屋のブランド名とともに実際の織り手の名前も記載したんですね。

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写真3番目は、山口織物の袋帯「花の丸文」を合わせてみました。地は全て引き箔で、手織りの軽い帯です。

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写真4番目は、北尾の袋帯「錦繍本願寺道長文」を合わせてみました。廃業した北尾がかつて織った手織りの帯です。地は綴れ組織で模様は絵緯糸で表現されています。

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写真5番目は、北村武資の袋帯「七宝連珠文」を合わせてみました。基本の組織は経錦(古代の織物に多い組織で、経糸が浮沈して模様を表現する)で、赤い色だけがポイント的に絵緯糸(現代の西陣の織物に多い組織、模様表現のためだけの緯糸を使う)で表現されています。
[ 2016/06/10 ] 帯合わせ | TB(0) | CM(0)

一の橋の付下げ「笹」の細部

第三千四百八回目は、一の橋の付下げ「笹」の細部です。

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いちばん上の写真は、マエミとオクミの刺繍(あしらい)がある辺りの近接です。前姿だけにあしらいがありますが、しかも中心部分の3つの笹に集中的にあしらいをしています。京友禅のあしらいは非常に限定されていますが、あちこちにチラチラ刺繍するものもありますが、このように過度に集中するのもあります。

見る人はそこに視線が集中しますから、他の部分が寂しいということに気が付かなくなるという効果を狙ったものだと思います。ただし、このようなあしらいの入れ方は現在の一の橋のスタイルで、中井さんから引き継いだものではないですね。中井さんなら、だれも予想しない意表を突いた場所にあしらいをしたり、友禅彩色と全く同色であしらいをして、光の角度で初めて気が付くような細工をしたりするでしょう。

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写真2番目から4番目まで、3つのあしらいの1つ1つに近接してみました。これはマエミの上の方のあしらいの近接です。

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写真3番目は、マエミの下の方のあしらいの近接です。

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写真4番目は、オクミのあしらいの近接です。

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写真5番目は、マエミとオクミの縫い目辺りの、いちばん笹の葉の多い部分を引接してみました。

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写真6番目は、後姿の縫い目辺りを近接してみました。
[ 2016/06/09 ] 友禅 | TB(0) | CM(0)

一の橋の付下げ「笹」

第三千四百七回目の作品として、一の橋の付下げ「笹」を紹介します。

今回の作品は、色が繊細なのでカメラ自身の影が写ってしまっています。ご了承ください。

一の橋が、生前の中井淳夫さんの作品を、なか井商店の元社員で今は独立して悉皆屋をしている人に再現させたものです。職人もなるべく中井さん由来の人を使っています。中井さんの作風というのは奥が深く、このような美智子さま風の作品をつくっても一流でした。

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いちばん上の写真は、前姿(マエミ+オクミ)です。

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写真2番目は後姿です。

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写真3番目は片袖です。もう一方の袖にも模様が有ります。

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写真4番目は胸です。縫い目を越えて衿にも模様がつながります。

明日は細部を紹介します。
[ 2016/06/08 ] 友禅 | TB(0) | CM(0)

野口の紗の天鵞絨の着尺

第三千四百六回目の作品として、野口の紗の天鵞絨の着尺を紹介します。

天鵞絨といえば、和装では冬物のいちばん温かいコート地ですから、「紗の天鵞絨」というと、夏物なのか冬物なのか、矛盾した言葉に思えますが、手触りも含め、まあそうとしか言いようのない織物です。拡大写真も撮ってみましたので確認してみてください。

私もこういうものがあるということは全然知りませんでした。思い返してみれば、私は2,30年呉服屋をやっていて、お洒落なものや贅沢なものを教えてくれたのは、いつも野口でしたねえ。(糊糸目がどうのこうのと理屈を教えてくれたのは別の人)

今回、たまたま一反だけ仕入れてみましたが、反応が良ければ、来年はちゃんと注文してみようかと思っています。値段によりますが。

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いちばん上の写真は、反物の幅を写真の幅として撮ったものです。生地の厚い部分と透ける部分とが市松模様のパターンになっています。

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写真2番目は近接です。

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写真3番目は、もっと近接です。ここまで近接すると、透ける部分は紗であること、厚い部分が天鵞絨のような組織であることがわかってきます。

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写真4番目は、生地の厚い部分を拡大してみました。下に赤い紙を敷いてみました。赤が透けて見えるので、厚い部分も紗なんですね。

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写真5番目は、生地の透ける部分を拡大してみました。下に敷いた赤い紙が見えます。ここは紗ですね。

野口の着尺の帯合わせ

第三千四百五回目は、野口の着尺の帯合わせです。

今日は、更紗に更紗を合わせてみます。同じ模様を重ねるというのは、チェッカーズがデビューした時に全身チェックの衣装を着けていたのと同じで、企画モノとしてはありえても普通はしませんよね。

今日は無理を承知でするわけですが、更紗の大きさを極端に変えたり、途中に余白を挟むと着られないこともないかなあ、と思っています。

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いちばん上の写真は、秀雅から仕入れた友禅の名古屋帯を合わせてみました。実際に制作したのは、千ぐさあるいはその周辺です。「千ぐさ」ということで仕入れていますし、作風も千ぐさですが、千ぐさの元職人が独立して・・・とういうこともありますし、その後、秀雅も千ぐさも廃業していますから、確かめることもできないですね。

更紗どうしの組み合わせですが、大きさを極端に変えることで対処してみました。

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写真2番目は、秀雅から仕入れた友禅の名古屋帯を合わせてみました。この作品も実際に制作したのは、千ぐさあるいはその周辺です。

更紗どうしの組み合わせですが、途中に余白を挟むことで対処してみました。

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写真3番目は、北秀の塩瀬の袋帯を合わせてみました。北秀が東京の下職につくらせたもので、千代田染繍や千ぐさの周辺でしょう。意匠の出典がわからず、更紗といえるかわかりませんが、一般から見れば同じように見えてしまうでしょう。金銀だけで描くことで着物の模様と雰囲気を変えること、余白を使うことで対処しています。

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写真4番目は、龍村の袋帯「鳳遊更紗文」を合わせてみました。龍村らしい存在感の有る織りで、着物の型染の質感とは違いが大きいので、そこが救いかなあと思います。

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写真5番目は、織悦の袋帯を合わせてみました。模様の大きさの違い、織りと染めの質感の違いはありますが、色目は同じという組み合わせです。あまりお勧めはしないですけどねえ。
[ 2016/06/06 ] 帯合わせ | TB(0) | CM(0)

野口の着尺の帯合わせ

第三千四百四回目は、野口の着尺の帯合わせです。

今日は、更紗発祥の地を思わせる風物を合わせてみます。鸚哥や象ですね。しかし、鸚哥や象の帯というのはみんなが持っているわけではありません。そこで「エキゾチックもの」ということで広く考えます。

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いちばん上の写真は、大西勇の袋帯を合わせてみました。正倉院御物である「臈纈屏風」に取材したものです。古代の蝋染は当時としては最高技術なのでしょうが、稚拙な雰囲気でそれが味わいですね。この帯は織物なので、技法は全く違いますが、オリジナルの稚拙な雰囲気を再現しています。

なお、」古代の臈纈は蜜蝋を使っていますが、聖武天皇以外の天皇は蜂蜜は食べなかったので、日本では大正時代まで蝋染は絶えています。

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写真2番目は、帯屋捨松の袋帯「豊公花鳥錦」を合わせてみました。手織りの高級バージョンです。現在は中国で織られていますが、この帯は少し昔のものでまだ日本製でした。「豊公」と付くのは、豊臣秀吉が南蛮人から買ったペルシア絨毯を陣羽織にしたものに取材したからです。

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写真3番目は、大松の塩瀬地の袋帯を合わせてみました。大松は大黒屋松三郎の略で、大彦の本家筋に当たります。大彦は大黒屋彦兵衛の略で、大幸(大黒屋幸吉)の娘婿、松三郎は幸吉の長男でした。

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写真4番目は、龍村の袋帯「騎馬陶楽文」を合わせてみました。シリアやイラクで出土するイスラム陶器に取材したものです。現物は銀化して色もかすれていますが、龍村色にアレンジしてありますね。

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写真5番目は、龍村の袋帯「西域舞踊錦」を合わせてみました。更紗の産地からは少々離れてしまいましたが、まあ許容範囲でしょうか。

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写真6番目は、桝屋高尾の刺繍の袋帯を合わせてみました。日本の家紋というのはシンプルですが、西洋の紋章というのは家系が複雑になるにつれて模様を足していくんですよね。
[ 2016/06/05 ] 帯合わせ | TB(0) | CM(0)

野口の着尺の帯合わせ

第三千四百三回目は、野口の着尺の帯合わせです。

更紗でも単色や同系色の濃淡でまとめたものは着易いと思いますが、今回の作品のような多色、しかも濁りの無い綺麗な多色はどうでしょうか。裂として見る分には文句なく綺麗ですが、着る人間や帯との兼ね合いはどうでしょうか。

更紗に対する帯合わせについては、私はいつもこんな方針でしています。
①無地または、縞、格子、横段など単純なデザインを合わせる。しかも無地以外は直線限定です。
②更紗発祥の地である印度を思わせる風物を合わせる。鸚哥、象、インド人などですが、西洋の騎士やアンデスの織物のモチーフなど多少勘違いしても大丈夫です。
③更紗に更紗を合わせることは、普通は無理ですが、更紗の大きさを極端に変えたり、途中に余白を挟むと着られないこともない。

今日は、直線限定の単純な縞や格子を合わせてみます。縞は、近世初期に木綿の縞の「唐桟」としてインドから輸入されたものでもあるため、出身地で言えば更紗の近縁でもありますし。

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いちばん上の写真は、龍村の袋帯「ちとせ間道」を合わせてみました。「間道」は中世以降、名物裂として輸入された「縞」をいいます。古代に輸入され、または模倣して日本で織られ、正倉院にある「縞」は「長斑」と「繧繝」で、近世初期にインドから輸入され、後に国産化された「縞」が「縞」または「唐桟」です。

「縞」は「島」から転じた言葉で、インドから島を渡って来た、というイメージから生まれた言葉ですから近世以後です。では近世人は「間道」や「繧繝」や「長斑」をどう思っていたかというと、名物裂は大名や豪商だけが持っていて一般人が見る機会はないですし、正倉院は現代に「正倉院展」が始まるまで公開されていませんから、中身を見た人はいなかったはずです。だから存在も言葉も知らなかったのです。

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写真2番目は、龍村の袋帯「郁芳間道」を合わせてみました。

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写真3番目は、龍村の光波帯「日野間道」を合わせてみました。光波帯は、仕立て上がりで販売するシリーズです。

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写真4番目は、龍村の袋帯「甲比丹縞格子」を合わせてみました。唐桟とともに東インド会社経由で輸入されたモールを写したものです。モールとは芯糸に薄い金の板を撚りつけたもので、マハラジャが着るようなものですね。

日本の金糸は、金箔を和紙に貼り付けたものを裁断して芯糸に巻き付けて作りますが、インドのモール糸は、芯糸に薄い金の板を直接撚りつけたものということなので、圧倒的に金の使用量が多いはず。私はホンモノを東京国立博物館で見ましたが、ガラス越しなので糸の状態は分らなかったです。

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写真5番目は、織悦の袋帯「業平菱」を合わせてみました。名前のイメージ通り有職文様の1つで純粋日本の意匠ですが、更紗にも合います。模様の意味でなく色や形の外見的特徴の方が大事ということもありますね。

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写真6番目は、織悦の袋帯「横段七宝文」を合わせてみました。
[ 2016/06/04 ] 帯合わせ | TB(0) | CM(0)

野口の着尺

第三千四百二回目の作品として、野口の着尺を紹介します。

私が野口の商品として仕入れたものですが、以前、京都きもの市場に別メーカーの商品として掲載されていたこともあります。型染を染めるには、反物を広げるために12m以上の長さの作業場が必要なはずですから、野口も含め、作業場を持っていないメーカーは実際には作っていないわけです。

業者どうしの取引を「仲間取引」、白生地を提供して職人または工房に染めさせる業者を「つぶし屋」などといいますが、私のように20年か30年京都の染物を扱っている小売屋でも、実際には誰が染めているか、というのは分らないことが多いですよ。

ただ私が感じるのは、良いモノを創るのにいちばん重要なことは、腕の良い職人ではなく、そのために自腹でお金を出そうとする意思です。一生懸命技を磨いたり、真面目に働いたりすることは誰でもできるのですが、損する可能性の高いものに大金を出すということはなかなかできないからです。野口とか洛風林のように、問屋を名乗りつつも自分で十分すぎるリスクを負っている人こそ、本当の作家だと思います。

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いちばん上の写真は、反物の幅を写真の幅として撮ったものです。美しい更紗模様です。色もモダンですね。徐々に近接して撮っていくと、ますます布としての魅力が増していくように思われますが、着物として着る人を引き立ててくれるのでしょうか。また帯合わせってどうなのでしょうか。そう考えていくと、布として美しい、だけでは済まないです。

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写真2番目は近接です。

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写真3番目は、さらに近接です。

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写真4番目は、さらに近接です。

絽の男児のお宮参りの着物

第三千四百一回目の作品として、絽の男児のお宮参りの着物を紹介します。

お宮参りの着物は、掛け着、お祝い着、熨斗目などいろいろな言い方があります。用途はお宮参りに行くときの着物ですから、ここではわかりやすく「お宮参りの着物」と表記しておきます。普通の着物と違うところは、普通の着物は背中が2枚の布で出来ていて背縫いがあるのに対し、お宮参りの着物は1枚の布で出来ているので背縫いが無いことです。もう1つは、普通の着物は前姿に模様の中心があるのに対し、お宮参りの着物はたいてい祖母が孫を抱き、その上に掛けるので、模様の中心が背中にあるということです。

この2つの特徴により、お宮参りの着物は仕立て直して大人用に変更することができないのです。ただし、女児のお宮参りの着物だけは、小改造により3歳の七五三に使えます。男児の七五三は5歳なので、もう背中の布が足りません。

お宮参りの日にちは、男児が30日目、女児が31日目ともいいますが、実際には地域によって違います。また厳密に日付を守る地域もありますし、親の都合で適当に変えて良い地域もあります。その地域の神主さんのアドバイスもあるでしょうね。

絽のお宮参りの着物は、生まれてから30日目が7月と8月に当たってしまった人のためのものです。日にちを適当に変えて良い地域だったら必要がありません。女児であれば、絽を買ってしまうと3歳の七五三に流用できませんから大損害になりますが、男児のばあいはどうせ七五三に流用できないので損害はないことになります。

しかし次男が同じ季節に生まれるとは限らず、そのばあいは買い直すことになりますね。でも子供が何人できるかということは人生の大きな出来事ですから、お宮参りの着物1枚で悩むことでもないでしょう。

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いちばん上の写真は全体です。

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写真2番目は、メインの模様の兜です。たいてい兜か鷹ですね。稀に宝舟もありますが、武よりも金というところでしょうか。戦前だったら将来の夢と聞かれて「陸軍大将」と答える子供も多かったでしょうが、今はお金がある方が良いですよね。

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写真3番目は、兜の下辺りの背中の模様です。富士山が描いてありますが、絽の着物ですから雪が少なめの夏の富士ですね。

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写真4番目は、袖の模様です。

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写真5番目は、もう片方の袖の模様です。両袖とも宝尽くしが描かれています。結局、武のイメージは兜だけで、それ以外は宝尽くしの方が多いです。人の上に立って威張るより、個人として豊かな生活をして欲しい、という親の願いを反映しているのだと思いますよ。

紗のコート地

第三千四百回目の作品として、紗のコート地を紹介します。

防水加工をしてある紗のコート地です。紗のコートというのは、季節としてはいつ着るべきでしょうか。「紗」だから夏物ではあるのですが、本当の夏は暑くてコートなんか着るのは嫌ですものね。

まずコートというのは、防寒具であるとともに「塵除け」でもあるということです。何十万円という友禅の着物や西陣の帯は、本来は床の間に飾るぐらいの美術品でもありますから、露出したまま人混みなど行きたくないですよね。それで夏物のコートがあるのです。防水加工もしてあるので、急な雨でも短期間なら対応できるでしょう。

コートも着物と同じように、季節ごとに、袷→単衣→紗とあります。しかし、袷のコートは作っても、単衣のコートは作らず、紗に飛んでしまうことはありがちです。そうすると袷が着られなくなった後、4月の半ばぐらいから紗のコートを着ることになりますね。

今日紹介するコート地は、社ではありますが、それほど透け感はないので、そろそろ袷のコートが来たくなくなる4月ごろから着ても違和感は無いように思います。その代わり盛夏は暑苦しそうですが、場によって着たり脱いだりしてもらうしかないかなあ。

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いちばん上の写真は、反物の幅を写真の幅として撮ったものです。

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写真2番目は近接です。あまり透け感はないですよね。

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写真3番目は拡大です。紗ですが、この程度の透き間です。この程度だと見た目は2番目の写真程度です。